「蛇神さんは…自在に時を刻む……。」 そう言った虎鉄の言葉が、頭の中で響いていた。
「な…何だよ、あれ……。」
今目の前で見た事が信じられなくて、自然と口をついて出た。 子津や辰羅川、虎鉄が目の前で話しているが、体が動かない。 ただただ、今の映像が頭の中でリピートしている。 「……あれが…人間業かよ……。」 未だに痺れている手を握り締めて言う。
「さすがだね、あそこまで素早く3つも球を取るなんて。やっぱりゆっくりに見えたのかい?」
見ていると、牛尾先輩が蛇神先輩に話しかけた。 「…………!ゆっくり……否。」 それに対する蛇神先輩の答えは、凄く簡素な物だった。 「停止也。我には今の球など止まって見える。」 十二支波乱活劇10 〜波乱な特訓メニューの果てに!?〜
その後も、虎鉄、猪里と続き、レギューラー陣の実力を見せ付けていた。
だんだんと自分の番が近づく。 先程の衝撃で、冷静さを無くしたは、一人そわそわとしていた。 「HAHAH〜N。ちょろいZe、こんくらい。」 早々に自分の出番を終えた虎鉄が外野に戻ろうとすると……。 「N?ぎょうざ?」 手に持った球を見て、止まった。 「……ああ、一つ言い忘れていたが。」 その虎鉄の言葉に、羊谷監督が説明を始める。 「一応この特訓も本日の処遇に関わってくるから気合入れろよ。その軟球を見てもらえば分かると思う。」 その言葉と共に、今までに軟球を手にしていた部員達は、各々の球を見る。 そこには……。 「ん?ラーメンって書いてある!」 「オレのはハンバーグだ!」 食べ物の名前が書かれたテープが張ってあった。 「それが各自の今晩のおかずだ。機会は数回ある。たらふく食いたきゃ捕りまくれ。」 監督がそう言うと、にわかに部員達が湧き上がる。 自分の球に書かれているメニューを確認し、一喜一憂している。 そんな中ーーーーー……。
「じゃあ、次は…、来い!」
「…………っ!?」 監督に大声で呼ばれて、一瞬ビクリと体を震わせる。 「……は、はい!」 少し遅れて、マウンドに立つ。 入部試験での結果からか、他の部員も今まで以上に注目を集める。 グラウンドが、沈黙に包まれた。 「……監督……。」 そんな中、最初に喋ったのは。 「……何だ……?」 向かいで、監督が答える。 「その…夕飯のメニューの中に…”オムライス”って入ってますか……?」 部員全員が注目する中、の真剣な声が響いた。 一瞬愕然とする部員達。 しかし、そんな周りを尻目に、当の2人は会話を続ける。 「ん?あぁ、確かあったと思うがな。お前、オムライス好きなのか?」 バットで肩をトントンと叩きながら尋ねる。 「……はい、大好きです……。」 何をそんな好物の話で真剣に…、と問いたくなるほどに、は真剣そのものだった。 「……こうなったら…、それにかけるしかない……っ。」 バシッと、グローブで右手を掴み、気合を入れる。 「!絶対にオムライスゲットしてやるーーーっ!!」 そして、グラウンドにの雄叫びが木霊した……。
「あ゛ーーー…、そろそろ良いか?」
そんなを見ていた羊谷は、少し控えめに聞いて来る。 の叫びに一瞬時を止めていたグラウンドが動き出した。 「はい!大丈夫です!どこからでもかかって来い!」 キッと、真剣なまなざしで向こうに並ぶ球を見据える。 腰を低く、いつでも動き出せるように落とす。 耳を澄まして、目を研ぎ澄ませて、全ての五感を集中させた。 今まで見てきた球の動きを思い出せ……。 硬式と比べて、軟式はどうだった……? 1つだけ…、1つだけ違う動きをしていた球があったはずだ……。 そう頭の中で考えていると……。 キイィィンーーーーー……ッ!!
監督が球を打つ動きが、見えた。
球が来る!
そう思って、各球に神経を集中させた。
(どれだ…っ、軟球はどれだ……っ!?) 焦る心を抑え、3つの球を見極める。 「これだ……っ!!」 ズザッ……!!
瞬間的に跳躍したは、着地した時にグローブに一つの球を捕らえていた。
「これは……。」 グローブの中を確認する。 回りの部員も息を呑む。 が取ったのは、硬球か軟球か……。 周り皆がの反応に注目してる中、は急に肩を落とし項垂れた。 「違ったのか……?」 部員の一人が口に出す。 「うぅ…、ぅえ、お、オムライスじゃなかった〜〜〜っ!!」
そんな考えをよそに、はへちょりと地面に座り込み、滝のような涙を流し始めた。
「なんだよ、コレ!チョコバナナって…っ、チョコバナナって…っ、……好きだけど……、主食にはなんないじゃんか……っ!!」 天高く、自分が捕った球を掲げてわんわんと喚く。 「あ〜〜〜、それはアレだな。デザートだ。」 そんなの反応に苦笑するように羊谷が答える。 「微妙な親切心だな!」 そんな羊谷の言葉に、今まで持っていた軟球を投げつけツッコミを入れる。 一応力加減はしていたものの、軟球が直撃した羊谷監督はくず折れた。 その足元に転がる「チョコバナナ」軟球をちゃっかりと取りに行ってから、は外野へと戻った。 「う゛ぅ、ちくしょう…、絶対にオムライスゲットしてやるんだい……。」 悔しそうに唇をかみ、下を向いて歩いていたの足元に陰が落ちる。 「…………?」 顔を上げるとそこには司馬の姿。 服のすそを使って、今まで取った球を持っていた。 「ん、どうしたんだ……?」 何か言いたそうな表情から、は問いかけた。 すると……。 「…………っ。」 スッ…と伸ばされた司馬の手には1つの軟球が握られていた。 そこに張られているテープには……。 「おむ…らい、す……?」 そう、今しがたがゲットを宣言した「オムライス」の文字が。 それを読んでからきょろきょろとその軟球と司馬の顔を交互に見る。 「……その、これ…くれるのか……?」 いつまでも戻さない腕を不思議に思い、問いかける。 すると、司馬は静かにコクンと首を縦に振った。 「…………っ!?」 その瞬間、今までの不貞腐れた顔は何処へやら、の顔一杯に笑顔が浮かんだ。 「司馬、有難う……っ!!」 そして、軟球を差し出してきている司馬に、思い切り抱き付いた。 背を伸ばして首に抱き付いてくるにオロオロしながらも、両手が塞がっているのでどうする事も出来ない司馬。 段々と顔が赤くなってきて、どうにか離してもらおうと体をわたわたと動かしたりする内に、は腕を離した。 「ぁ…、ああ、ゴメンゴメン。つい嬉しくってさ……。でも、本当に良いのか?司馬もオムライス好きだったりするんじゃないのか?」 少し首を傾げて、顔を覗き込むように尋ねる。 その問いに、司馬は静かにフルフルと首を振った。 「……ん、じゃあ有難く貰っておくよ。」 そう言って、司馬の手から「オムライス」軟球を受け取った。 「やった!これで今晩の夕飯ゲットだ!デザートも手に入れたし、ラッキーだな♪」 目の前で幸せそうに微笑むに、心なしか司馬の顔もほころぶ。 「お前って本当に優しいな!良い奴は大好きだっ!!」 司馬にもらった軟球を大事そうに抱えて、はそう言って去って行った。 「…………。」 後には、顔を真っ赤にして固まった司馬が残されていた……。
その後、3球同時ノックは終わり、次のメニューへと移った。
「次の特訓は少し変則的だ。口で言うより、まず見てもらった方が早いな。」 監督のその言葉と共に、部員達は目の前に準備されている物を見る。 「第3の特訓メニューは…100Mバイアスロンだ。」 その言葉に、部員達はざわざわと声を上げる。 「う〜〜〜む、ちと分かり辛かったか?じゃあこの場合”やぶさめ”と言った方がしっくりくるか?」
説明を聞くと、直線100Mのトラックに20M毎に置かれている4つの的に、全力で走りながら球を当てる、と言う事だ。
このメニューもまた、成績下位20名は野宿行きだった。
その説明に、今日こそは旅館に泊まりたいと意気込む者が多かったが、だんだんと小さくなっていく的に全力で走りながら球を当てると言う行為は、想像する以上に難しい事だった。
どちらかを取れば、どちらかが疎かになる。 あの兎丸でさえ、走るタイムは最高の記録を出しはしたが、結果的に球は殆ど当たらなかった。
「次、。」
その声と共に、白線の前に立つ。 球の入った鞄を肩にかけ、的を睨む。 (これなら……。) そう思いながら、向こうに立っている監督に注目する。 監督が片手を挙げ、準備が出来た合図を送った。 「よーい。」 その言葉と共に、横に立っている部員が持つ白旗が揚がる。 「スタート!」 ザ……ッ!!
周りで見ていた部員達は、の瞬間的な加速に息を呑む。
あっという間に第1の的に近付き……。 バコ……ッ!!
「1つ!」
1つ目の的に、が放った球が当たった。 それを周囲が見ている間に、次の的へと向かう。 周りが見る限りでは、減速をしている様子は無い。 むしろ、入部試験で見た時よりも早くなっている気さえする。 2つ目の的も、走り去る時に投げた球が見事に当たった。 そして……。
「3つ目の的は今までよりももっと小さいぞ!」
の走りに注目している部員が叫ぶ。 その通りに、範囲が狭くなり適当に投げたのでは球は当たらないだろう。 しかし、はその的を凝視し、前を走り過ぎる瞬間に素早く球を投げる。 バゴォ……ッ!!
が投げた球は、一直線にその的に当たった。
「す、すげぇ!今までで一番の結果になるんじゃねぇか……っ!?」 あと1つで全制覇の結果になるに、注目は増す。 あと数歩で最後の的だ。 ヒュ……ッ!!
最後の球を投げ、その球が的に当たるよりも前に、はゴールの白線を踏んだ。
ピ。
監督がストップウォッチを止める音が響く。
が、球が的に当たる音は響かなかった。 「あっちゃー、最後は無理だったか……。」 軽く息を弾ませながらも、は後ろを振り返る。 「あと少しだったんだけどなーーー。」 そう言いながらも、まだまだ楽勝、と言うような表情だ。 羊谷はそんなのタイムを見て黙っている。 「くん凄いね〜〜〜!3つも当てちゃうなんて……っ!!」 そんなに、兎丸が走り寄って来た。 「え?あぁ、ありがと。でもさ、コレが出来たのも兎丸のお陰だよ。後、そこの猿野。」 「あ?オレ?」 に指を指され、呆ける猿野。 「何で僕たちのお陰なの?」 そんなの言葉に、兎丸は首を傾げる。 「あぁ。だって……。」 そう言って、はニッコリと微笑む。 「毎日のように全力疾走のお前に追い駆けられてグラウンドを走りながら、凪にちょっかい出してる猿野を球投げて撃退してた成果だよ。」 爽やかに言い放ったの顔は、とても清々しかった。 「「…………。」」 その爽やかな笑顔と共に口から出た言葉に、当の2人は言いようの無い沈黙に駆られる。 「所でさ、さっきから黙ってるけど、オイラのタイムってどうだったのさ?」 そんな2人を無視して、さっきからストップウォッチを睨み付けている監督の許までとことこと歩み寄り、上着の裾を引っ張る。 「……ぁ、あぁ、そうだったな。…お前のタイムは……。」 監督の言葉に、再び周りの部員達は集中する。 沈黙が流れ、痛いほどの視線が監督に集まった。 「……11秒56…だ……。」 その瞬間、監督の重い口から発された言葉に、周囲は言いようの無いざわめきに包まれた。 〜〜〜後書き〜〜〜 ハム猫・「そんなこんなで、微妙なノリの男装(逆ハー)第10話でした。」 兎丸・「もぅ〜〜、今回も待たせすぎだよーーー。しかも、やっぱり殆ど絡み無い上に有り得ない事ばっか書いてるし。こじ付けも目立つし。」 ハム猫・「ぅわっはー、初っ端から主な突っ込みをぶつけてくれて有難う。(棒読み)」 兎丸・「まぁさ、野球の事全く知らないハム猫だから出来る技だけどさ。普通に野球知ってる人から見たら『オイコラちょっと体育館裏まで面貸せや』物だよねーーー。」 ハム猫・「いや、分かってますよ!君以上に足速かったり、司馬君並に球取れたり有り得ないって分かってますけど!……そうでもしないと話し進まないんだもん……。」 兎丸・「まぁ、どうせもう少しで終わるし、…これ以上有り得ない事起こさないようにしようね……?」 ハム猫・「何かめっちゃダークな笑顔が恐ろしすぎるんですがその保障は出来ません……。オイラだから……。」 兎丸・「…………。」 ハム猫・「…………。」 兎丸・「まぁさ、後は終わりまで頑張ってよ。無事に連載終えれるようにさ。……もうそれだけで良いよ……。誰もあんたに期待なんかしてないから……。」 ハム猫・「ギャーーーッ!!可愛らしい化けの皮を剥いだわね!あな恐ろしや……。」 兎丸・「えっ、何言ってるの?僕は読んでくれてる皆の言葉を代弁しただけだよ?」 ハム猫・「……もう良いです。とにかくは、まぁ頑張りますよ。」 兎丸・「素直にそう言えば良いんだよ。じゃあ、またこの管理人の事は監視しとくから、無事に終えられるように祈っておいてやってね!」 |