十二支波乱活劇2 〜波乱含みの入部試験・後〜
「ん?あれ?シバ君、あそこに知らないヒトがいるよ。」
練習をしていた兎丸が、グラウンドの隅を指差した。 司馬もその方向を見る。 そこには、学ランに帽子をかぶった、小柄な少年が1人立っていた。 少年の前方には牛尾先輩がいた。 見た所、50m走らしい。 少年が走る体勢に入るのが見えた。 次の瞬間ーーーーー。
「うわ!速いっ!!あのヒトすっごく早いよっ!!」
兎丸はつい興奮して叫んでいた。 司馬も驚いていた。 2人が驚いている間に、その少年はあっという間に牛尾の下に着いた。 「う〜〜〜ん、僕と同じくらいかな……。どーしたんだろ、あのヒト。新しく入るのかなぁ……?」 司馬もじっとその少年を見た。 あんなに速いのは兎丸以外に見た事は無かった。
その少年は、屈伸運動をしながら牛尾先輩に何か言っていた。
遠目でよくは分からないが、牛尾先輩も驚いているようだった。
「あとは…投と打だね……。」
のタイムを記録しながら牛尾は言った。 「確か、あのタイヤは倉庫にしまっていたはずだよね。」 隣にいたマネージャーに声をかける。 一通り話をした後、 「じゃあ、あそこの倉庫に行こうか。」 ニコリ、と笑って言った。
ガララッ…、と倉庫の扉を開けると、少し埃っぽい臭いがした。
牛尾は少し嫌そうな顔をしたが、静かに中に入って行き、大きなタイヤを持って出てきた。 「そのでかいタイヤは何ですか?」 その、とても大きいタイヤを指差し、は聞く。 「コレを打つんだよ。」 タイヤに手を置きながら牛尾は言った。 「…………?」
が見ているうちに、超重量タイヤ打ちの準備は着々と進んで行った。
まず、二つの脚立と一本の長い棒が出て来た。 その棒にタイヤを結び付け、またその棒を、距離を置いて立てた脚立の上に縛り付ける、というものだった。 (ふへーーー。大変な事してるなぁ……。)←お前の為だ。 そんなこんなで、ただ今はバットを持って自分の体の半分以上はあるかと思われる大きなタイヤの前に立っている。 「次は打のテストだよ。今回は単純にこのタイヤを打ってくれるだけでいい。このタイヤをどれだけ動かせるかの結果を見るんだ。」 タイヤの横にいる牛尾が言う。 「……まぁ、つまり思い切り打て…、と。」 「そういう事だね。」 フゥ〜〜〜、とは深呼吸をする。 そして、キッとタイヤを睨みつけ、 「行くぞ……っ!!」 ドゴオォ……ッ!!
グラウンドにすさまじい音が響いた。
練習していた部員全員が皆、の方を向く。 「……っのわ……っ!?」 思い切り、(そのタイヤを羊谷だと思って)バットを振りかざしたは、一瞬何が起こっているのか分からなかった。 体中の力をバットに込めて、タイヤを打った。 でも、感覚的にはタイヤはまったく動かず、反対に、とても重い力で押し返された気がした。 気が付いた頃には、はグラウンドにあお向けに倒れていた。 「……大丈夫かい……っ!?」 牛尾が駆け寄って来る。 「あっ…ハイ。大丈夫です……。」 差し出してくれた牛尾の手を借りて、起き上がる。 「えっ…と、その……。どうだったんでしょう…、記録……。」 少し不安気にが聞く。 「うん。52cm、なかなかだよ。」 その言葉を聞いた瞬間、目を見開いてしまった。 「うそっ!?本当ですか……っ!?」 全く動かなかったと思っていたので、正直驚いた。 「本当だよ。……まぁ、倒れちゃったけどね……。」 牛尾は少し笑いをこらえているような顔で言った。 「あ…はは、は……。」 は恥ずかしくて下を向く。 顔が赤くなるのが分かった。
と、その時、近付いて来る足音が聞こえた。
「…………?」 顔を上げると、グラウンドで練習していた部員が全員こちらに向かって来ていた。 「うわ……っ!?何なんですか……っ!?」 その人数の多さに、つい牛尾の後ろに隠れてしまう。 「牛尾先輩!その人は誰なんですかーーー?」 一番前の小さめの子が聞いて来た。 「あぁ、兎丸君。この人は一年の君。入部希望者でね。今テストをしている所なんだ。」 説明をしている牛尾の後ろからヒョッコリと覗く。 (うわ〜〜〜。何か、個性派ぞろいってカンジだなぁ……。) などと思っていたら、その兎丸とか言う子と目が合った。 「君って言うんだーーー。君すごいねぇ。さっき走ってるの見たよ!僕ドキドキしちゃったっ!!」 ニッコリと、満面の笑みで言う兎丸。 「あ…、ドモ……。」 そんな兎丸に、少し照れながらも軽く言葉を返す。 「君…、そろそろ出てきたらどうだい……?別に皆恐くは無いよ。」 牛尾は苦笑して背後にいるに言う。 しぶしぶと、は前に出て来た。 「さっきはびっくりしたぜ。何せ、見たらお前が吹っ飛んでたんだからな!」 また1人、髪の毛のツンツンした男の子に言われた。 (そっか…、オイラ吹っ飛んでたのか……。) は乾いた笑いをした。 「あとは、投のテストだけだけれど、君の今までの結果は目を見張るものがあるよ。」 記録している紙を見て牛尾が言った。 その言葉に、何人かの部員が結果見たさに牛尾の周りに行った。 その結果を見た途端ーーーーー 「すげぇ!捕球力は司馬並で、足の速さは兎丸並だぞっ!!」 ザワザワと、声が広がる。 司馬と兎丸が、その言葉に反応していた。 「しっかし、本当にそんなちっこい体でよくやるねーーー。」 さっき、オイラが吹っ飛んでいた、と言った男がオイラの頭をペシペシと叩きながら言ってきた。 「……む!今日それで二回目だぞっ!?まったく失礼な……っ!!小さい人ならそこにもいるじゃんかっ!!」 ズビシッ!、と兎丸を指差す。 「ひどいよ……っ!!僕これでも154cmあるもん……っ!!」 兎丸は悲鳴にも似た声で叫んだ。 「ぐっ……!よ…4cmの差なんて四捨五入したら”0”だいっ!!」 (((((そんな無茶な……っ!!))))) その場にいた部員全員は思った。 「フフ、君はもう馴染んでるみたいだね……。でも、その前に最後のテストをするよ……。」 牛尾のその言葉ではハタ、と気付いた。 「あ、そーですね。まだ1つ残ってましたね。」 そして、次は何だったっけ?と考える。 牛尾はもう一度倉庫に入り、一つのホーガンを手に持ってきた。 「最後はホーガン投げだよ。」
の手にはホーガン、そして、目の前には扇状に引かれた白線があった。
数mごとに距離が書かれている。 他の部員達は気になるらしく、遠巻きにを見ていた。 「準備は良いかい?」 牛尾が聞く。 「……行きます……っ!!」 心を落ち着けて、は足を踏み出した。 数歩助走をつける。 そして、足を踏み込み、ホーガンを投げーーーーー ドゴッ…… シーーーーーン……。
辺りは静まり返った。
なぜかと言うと…、のホーガンが飛ばなかったからだ。 投げた瞬間、ホーガンは弧を描かなかった。 むしろーーー…、落ちたーーーーー。
「えっと……。ァ、アハハハ……。」
周りの白い雰囲気の中、は笑う事しか出来ない。 暫く皆固まっていた。 がどうしようか困っていると、急に牛尾が近づいてきて、ガシッ、と腕を掴んだ。 その顔は真剣だった。 (げっ!?まさかまさか、女ってコトがばれたとか……っ!?) そして、今度は肩に手を置かれた。 「あ…あの、すみません……っ!!」 「あまり腕に筋肉が付いてないね……。」 怒られると思って謝ったのと同時に、牛尾は言った。 「へ……っ!?」 予想外の言葉に、はつい拍子抜けてしまった。 暫く牛尾は考え込んだままだったが、やがて、 「君の捕球力と足の速さは目を見張るものがある。投げる力は弱いようだが…、それはこれから力をつけていったらきっと伸びるだろう……。全体的に考えた結果、僕は君の入部を許可しようと思う。」 最後はニッコリと笑って言った。 その瞬間、周りからはワッ、と声が沸く。 「本当ですか……っ!?」 も嬉しくて、つい飛び跳ねてしまいそうだった。 「良かったねーーー、君!これからは一緒に野球できるねーーーっ!!」 兎丸が話しかけて来た。 隣で青い髪にグラサンをかけている人も、コクコクと頷いている。 「おーおー。ずいぶん騒いでるが、その分じゃ合格したか。」 皆で騒いでいると、後ろから羊谷監督が声をかけてきた。 「あっ……。」 振り返ると、監督の隣には凪がいて、微笑んでいた。 「監督、結果はこうなりました。」 そう言って、牛尾は羊谷に記録用紙を渡した。 羊谷はそれに目を通していく。 「ホーガン投げの結果は…、悪いですが、全体的に見て、僕は入部を許可しても良いと判断しました。……どうでしょう、監督……?」 しばらく記録用紙を見ていた羊谷は牛尾に視線を戻した。 「まっ、お前に任したんだから、お前が良いって言やぁ、それで良いさ。……だっけか……?ちょっと話があるから来い。」 羊谷の表情からして、何か嫌な予感がしたが、は黙って付いて行った。
「君かーーー。これからもっと楽しくなりそうだね、シバ君!」
兎丸は隣の司馬に話しかけた。 司馬はその言葉に、ニコリと笑って答えた。 他の部員達も、暫くの背中を見ていたが、やがて練習に戻った。 〜〜〜後書き〜〜〜 ハム猫・「ハイ!男装逆ハー第2話、いかがでしたでしょうかっ!!」 兎丸・「君ってすっごく足速いんだねーーー。」 ハム猫・「まぁ、君と互角か、それ以上ってトコかな。」 兎丸・「今度競争してみたいな〜〜〜♪」 ハム猫・「いつか出来るさ。……ところで、君の第一印象ってどうだった?」 兎丸・「初めて見たのは走ってる時だったから、とにかく”速いなーーー!”って。顔はねぇ…、帽子かぶってて良く見えなかったの。」 ハム猫・「一体、部の何人が君の秘密に気付くでしょうか。」 兎丸・「え……っ!?何、秘密って……っ!?」 ハム猫・「ふふふ……。まだここでは言えませんなぁ……。では、やっと入部テストが終わりましたが、これからもよければ見てやって下さいませ♪」 |