歩く人々を、上から覆うような空は、どんよりと鉛色。

太陽をすっかり隠してしまった雲からは、ただ雫が落ちてくるばかり。

行きかう人は皆、傘を差し、黙々と歩いている。

そんな中に、鞄を頭の上に持ち、走る少年がいた。

華武高校の野球部員である、墨蓮だったーーーーー。










Happy Rainy Day










(あぁ〜〜〜!何で雨なんか降るんだよ〜〜〜っ!?)
そう思いながら、墨蓮は走っていた。
今日は、菖蒲監督の用事で珍しくクラブが無かった。
本当なら、自分ひとりでも残って自主練をしたかったのだが、生憎雨が降ってきた。
グラウンドは雨でぬかるんでいるし、他の場所も、全て借りられていたので帰ることにしたのだ。
しかし、墨蓮は今日傘を持ってきていず、学校のロッカーにも置き傘は無かった。
(……そういや、朝母さんが傘持って行きなさいって言ってた様な気が……。)
鞄を頭の上に持っているが、すでに制服はびしょびしょで、ほとんど意味を成していなかった。
早く帰って、制服を乾かしたい。
そう思いながら走っているとーーーーー……。


「…………?」


どこかで、か細い鳴き声が聞こえた。
耳を澄ますと、通り過ぎた電柱の下に、隠れるように子猫がいた。
真っ黒で、少し鍵尻尾な子猫だった。
びしょ濡れで、少し震えていた。

(捨て猫…かな……。)
立ち止まって墨蓮は思った。
そして、何気なくその子猫に近寄る。
その子猫は、墨蓮を見上げて、ニャーと鳴いた。
「お前、捨て猫か……?」
墨蓮は、子猫に手を差し出した。
子猫は、もう一度ニャーと鳴きながら、差し出された墨蓮の手に頭を摺り寄せた。
「ハハ…、お前もびしょ濡れだな……。そうだ、一緒に雨宿りするか?」
そう言って、墨蓮は子猫を抱き上げた。
子猫は抵抗するでもなく、すっぽりと墨蓮の制服の中に納まった。
雨に濡れて、冷え切った体に子猫の体温は暖かかった。










「雨…止まないな……。」
手近な店の軒下で雨宿りしていた墨蓮は、ポツリと呟いた。
その言葉に返事をするように、子猫が鳴く。
あれから数十分経ったが、一向に雨が止む気配は無かった。
「……はぁ……。」
墨蓮が、どうしようかと考えているとーーーーー
「どうしたの、そんな所で……?」
急に声を掛けられた。
「…………っ!?」
驚いて振り返ると、そこにはクラスメイトのの姿。
「……さん……っ!?」
墨蓮が声を上げた瞬間、子猫が驚いてニャッ、と鳴いた。
「あれ?カワイイ子猫。」
が墨蓮の制服の中の子猫に視線を向ける。
「墨蓮君の猫?」
聞いてくるに、墨蓮はどもった。
「えっ…、いや、さっきそこで拾ったんだけど……。雨に濡れてたから……。」
気恥ずかしさで、顔がどんどん俯いていく。
言葉を終える頃には、完全に下を向いていた。
そんな墨蓮を子猫が見上げる。
「で、墨蓮君も濡れてるのは…傘を忘れたから……?」
の静かな言葉に、真っ赤な顔をバッと上げた。
それは、言葉にしなくても、肯定を意味した。
「フフ…、そういうことか……。じゃあさ、家に来る?」
「……は……?」
の言葉を一瞬理解できず、間の抜けた声を出す。
「だから、墨蓮君達びしょ濡れだし、そのままじゃ風邪引くでしょ?家、すぐそこだから服乾かしたり、温かいお茶出したりぐらいなら出来るし……。」
そう言って、は前方を指差した。
そこには、雨の中うっすらとマンションのシルエットが浮かび上がっていた。
「……えっ、でも……。その……っ。」
墨蓮が、真っ赤な顔でしどろもどろ言葉を探していると、が近づいて来た。
そして、墨蓮に抱かれた子猫の頭に手を伸ばす。
「子猫ちゃんも、温かいミルク飲みたいよねーーー?」
ニコリ、と笑顔で言うと、子猫は元気にニャーと鳴いた。
「ね!決まりっ!!」
そう言って、はニッと笑った。










マンションの入り口を入ると、外見通りそれなりに良い所らしい。
セキュリティもしっかりしているし、新しい雰囲気。
墨蓮は、こういう場所に入った事が無いので、少し緊張していた。
エレベータで3階に上がる。
の部屋は、一番角だった。

「ただいまーーー。」
「お…お邪魔します……。」
少しおどおどと中に入る墨蓮。
「……って言っても、私1人しかいないんだけどね。」
廊下を歩いてリビングに入り、ソファに鞄をドサッ、と置いてが言った。
「え……っ!?」
その言葉に、墨蓮は驚いて声を上げる。
「……一人暮らし…なの……っ!?」
お茶を入れようとキッチンの方へ向かっているに話しかける。
「うん。お父さんもお母さんも仕事で海外に行ってるから。高校入ってから1人暮らしだよ。」
はそう言って、キッチンに消えた。
「…………。」
墨蓮は、リビングに1人(と一匹)取り残され、内心焦っていた。
(別に…、ちょっとお茶飲んで、服乾かさしてもらうだけだけど……。べ、別に、その、やましい事とか考えてるわけじゃないけど…、…いいのかな、オレここにいて……。)
仮にも一人暮らしの女の子の部屋に呼ばれる経験なんて初めてな訳で。
唯のクラスメイトと言っても、一応自分は年頃の男な訳で。
……あぁ、でも、それだけ意識もされてないのか、なんて少し悲しく思ったり。
いやいや、人の善意をそんな風に思っちゃいけない。
そんな事を頭の中で考えながら、目の前がグルグルとしていた所、キッチンからが出てきた。
「お茶入れたよ。まぁ、そんなにおいしくは無いかもだけど……。」
そう言って、テーブルにティーカップを二つ置く。
そして、床に、1つのお皿ーーーーー。
「で、子猫ちゃんには温めたミルクね♪」
そんなをボォ、と見つめている墨蓮。
「どしたの?もしかして、もう風邪引いた?」
が、墨蓮の様子をおかしいと思い、近づいておでこに手を当てようとする。
「…………っ!?ぁっ…、あ、いや、何でもない…っ、です……っ!!」
近付いて来るの手にやっと気付き、墨蓮はどもりながら後退した。
「…………?そうなの……?変な墨蓮君……。まぁいいや、それより、お茶温かいうちに飲んじゃお。」
はそう言うと、ソファに座り込んだ。
しかし、墨蓮は一歩も動かない。
「…………?どしたの……?って、あ!ごめん……っ!!墨蓮君濡れたまんまだったよね……っ!!」
は叫んで立ち上がった。
「え〜〜〜っと…、確か洗ったばかりのタオルがぁ〜〜〜っ!!」
そう言いながら、わたわたとはあちこちを探し、ようやく一枚のタオルを墨蓮に差し出した。
「綺麗だから……。使って……?」
少し、恥ずかしそうに笑って、は言った。
「……あ…、ありがとう……。」
墨蓮は、そのタオルをゆっくりと受け取った。
そして、まず制服の中に納まっている子猫を床に下ろす。
それから、その受け取ったタオルで髪の毛を拭き始めた。
自分の家とは違う匂いーーーーー……。
当たり前だけど、それが新鮮で、すごく良い香りで、気が付けば墨蓮はタオルを握り締めていた。
「ハイ。ソファにもタオルひいといたから、座っていいよ。」
そんなことをしている内に、はソファにタオルを重ねてひいて墨蓮の座る場所を作っていた。
「……ありがとう……。」
墨蓮は、先程よりは少し落ち着いてお礼を言うと、の好意に甘えて、その場所に腰を下ろした。
気が付くと、子猫はすでに一生懸命にミルクを飲んでいる。
よほどお腹が空いていたのだろう。
お皿に入れられたミルクはもうすぐ無くなりそうだった。
「墨蓮君もお茶飲みなよ。」
にそう言われて、湯気の立つティーカップに手を伸ばした。
口元に持っていくと、湯気が顔に当たって温かかった。
一口飲むと、雨で冷えた体に温もりが浸透していくようだった。
「はぁ……。」
気が付けば、1つ、息を吐いていた。
「そんなに緊張してた?」
が苦笑混じりに聞いてくる。
「…………?」
どうやらは、あまりに緊張していた墨蓮が、お茶を飲んだ事でやっと落ち着いたのだと勘違いしたらしい。
「アハハ、本当に墨蓮君っておもしろいっ!!」
不思議そうな顔をしている墨蓮を見て、は笑い出した。
「……そんなに…笑わなくても……。」
カップを両手に持って、少し分が悪そうに呟く墨蓮。
「ごめんごめん……。でも、さ。そう言えば、墨蓮君、この子猫「拾った」って言ってたよね?これからどうするの?家で飼うの……?」
子猫を見ながら、が言う。
「……いや…、雨に濡れてて、つい拾っちゃったけど…、オレの弟が動物とかの毛でアレルギー起きちゃうから……。飼いたいのは山々なんだけど、駄目なんだよね……。」
カップの中の紅茶を見つめながら言う。
「ふ〜〜〜ん……。弟君思いなんだね、墨蓮君て。」
は、手に持ったカップを揺すりながら言った。
「え?そんなんじゃないよ……っ。これは、仕方の無い事だし……。」
「ねぇっ、私がこのコ飼おうか……っ!!」
墨蓮が言葉を言い終えるか終えない内に、が身を乗り出して言って来た。
「…………っ!?で、でも…ここマンションじゃ……っ!!」
「大丈夫っ!!ここは許可貰えば飼っていいトコだから……っ!!……でも、まぁ、墨蓮君が良いって言ったらだけど……。」
そう言って、墨蓮の顔色を窺ってくる。
しかし、のその瞳は、「NO」とは言えないものだった。
「……オレは…さんが飼ってくれるのなら、嬉しいけど……。」
墨蓮は、ゆっくりと言った。
その途端に、の顔は明るくなる。
「やったーーーっ!!やったよ、子猫ちゃん!今日から君は私の家の猫だよ〜〜〜っ!!」
は、嬉しくてつい、ミルクをなめ終わって毛づくろいをしていた子猫を抱き上げた。
「あっ、そうと決まれば、早速名前付けなきゃね!……ん〜〜〜、このコは男の子か……。ねぇっ、墨蓮君が拾ったから、「スミレ」って言うのはどうかな……っ!?」
嬉しそうに、墨蓮に聞いてくる
墨蓮は、が急にそんな事を言ったので、驚いた顔をしていた。
「ぃや…何だか…、その、気恥ずかしいけど……。さんがそれでいいなら……。」
再び、顔を真っ赤にして、小さな声で言った。
先程まで芯から冷え切っていた体が、熱くなる。
「やった!じゃあ、今日から君は「スミレくん」だよ……っ!!」
子猫を抱き上げて、満面の笑みで言う
「……あっ……。」
子猫を抱いて、リビングでクルクルと踊っていたが、ピタリと動きを止めた。
「……どうしたの…、さん……?」
ただひたすらに、子猫の顔を覗いているに声をかける。
「……ふっ、あはは……っ!!」
すると、は急に笑い出した。
「…………っ!?」
そんなを、どうしたのだろうと墨蓮は見つめる。
「ぁはは…、ごめんね、急に笑い出して……っ。ただ、このコ…スミレの顔が墨蓮君と似てるから……っ!!」
そう言って、は子猫を墨蓮の膝に乗せた。
見上げてくる子猫の目に、墨蓮の姿が映る。
「似てる…の……?」
じっと、自分を見つめて来る子猫を見て言う。
自分で見ても、それほど似ているとは思わないが……。
「似てるよーーー。ほら、例えばこの目。色も何処と無く似てるし、何か優しいって言うか…暖かい雰囲気なんだよね……。それでいて、可愛いの!」
そう言って、は墨蓮の膝にいた子猫を抱き上げて、その鼻と自分の鼻をくっ付けた。
が、子猫に自分を重ねて見ている事が、何だか恥ずかしかった。
そんなを見ていると、体中が熱くなって、顔が赤くなって行っているだろう事が分かった。
すると、墨蓮はグイ、と手に持ったティーカップの中の紅茶を一気に飲み干した。
「あ、あのっ、有り難う、オレ、もう帰るよ……っ!!」
「え……っ!?」
急いで、近くの椅子にかけて乾かしていた制服を手に取り、玄関の方へ向かう墨蓮。
「どうしたの?まだ制服も乾いてないでしょ?もっといて良いのに……っ。」
その墨蓮を急ぎ足で追い駆けて、が言う。
「いいよ、紅茶も貰って体温まったし、うん、走って帰るから!」
とにかく、この場所を離れなければ、自分の気持ちがどうにかなりそうで。
の瞳を直視できなくて。
今、たった今、自分の中で自分の気持ちが変化して行くのが分かる。
「……そ、そうなの……?あっ、ちょっと待って!これ、傘貸してあげる!お父さんのだから、柄とか無いし、大丈夫だよ……っ!!」
そう言って、が一本の傘をズイ、と差し出して来る。
「……ぁ、有り難う……。」
墨蓮は、差し出された傘を素直に受け取った。
「ぁ、あの、明日…学校で返すから……。」
「ん。いつでも良いけどね。」
そう言って、墨蓮はから目を逸らしたまま、玄関を出た。

出た所でーーーーー



「あ、あのさ…その…、また、スミレ見に来ても…良いかな……?」



には背を向けたまま、詰まりながらも、その言葉を言った。
それだけで、いっぱいいっぱいで……。

ただ、の返事を待っていた。



「うん!もちろん良いよ!私も墨蓮君と話せるの嬉しいし、スミレも喜ぶだろうしねっ!!」
そんな墨蓮の背中を見ながら、は笑顔で答えた。
の足元に来ていたスミレも、一言ニャーと鳴く。
その瞬間、墨蓮は雨を降らせている曇天の空に、めいっぱいの笑顔を向けた。
「じゃあ、本当に今日は有り難う……っ!!」
墨蓮は、最後にそう言って、に借りた傘をギュッ、と握り締めて、エレベーターに向かった。










街を歩く人達は、このひどい雨を鬱陶しそうにし、


このひどい雨で、街は灰色に曇って見えるけれど、


今日のオレには、輝いて見える。





今日は、Happy Rainy Day

















〜〜〜後書き〜〜〜

ハム猫・「ハイ!何だかな、な墨蓮ドリでした……っ!!☆」

墨蓮・「何だかな、ってなんだよ……。」

ハム猫・「まぁま、細かい事は気にしなさんな。って言うか、これ数ヶ月放置してました。(死)」

墨蓮・「まったく、一本の作品をすぐに仕上げる事は出来ないの?」

ハム猫・「いえ、ノリノリな時は書けます。」

墨蓮・「のってなかったんだ……。」

ハム猫・「でもでも、何だか気が付けば梅雨時期でジャストじゃない?」

墨蓮・「ハイハイ。そろそろ作品の事書けよ。」

ハム猫・「え〜〜〜っと、んとですね。これはまぁ、墨蓮君も一応(!?)お年頃の少年なのよ、というお話です?」

墨蓮・「疑問系なのがそこはかとなく不安なんだけど、一応はいらないよ!それってオレに対する嫌味か?」

ハム猫・「いえいえ、そんな気は。まぁ、墨蓮君心の葛藤が1つの見所でもある訳で。こういう墨蓮嫌いな方はスミマセン……。」

墨蓮・「だってさ、誰だって緊張するじゃないか、行き成り女の子1人の家に呼ばれたら……。」

ハム猫・「ハイハイ、そこで1人ぶつぶつ言わない。ま、この2人はこれから、って感じですね。後の話はあなたの想像次第です♪」

墨蓮・「えっと…、じゃあ、ここまで読んでくれて有り難う。また、さんのいれた紅茶、飲みたいな、なんて……。アハハ、ゴメンね、気にしないで……っ。」



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