最近棋院でよく、視線を感じる。 じーーーっと、見られてる気がして、でも振り返っても特にこっち見てる奴はいなくて。 ただ…、気になるのは絶対そこにがいる事。 お前がずっとオレの事見てるのか? でも、そうだとしても、何でーーーーー……? ーーー院生生活5ーーー
「よ、進藤!」
今日もまた、いつもと変わらぬ日曜日。 院生達が棋院に集い、対局をする。 そんな合間に、和谷が声を懸けて来た。 「ん?あぁ、和谷、どうしたんだ?」 ヒカルは振り返り、和谷に聞いた。 「いや、ちょっとな。最近お前、よく後ろ振り返ってねぇか?何かあるのか?」 「ん〜〜〜、まぁちょっとね。最近変に視線を感じるんだ。」 首筋に手を当てながら言う。 「ふぅ〜〜〜ん。そりゃ気になるな。いっつもなのか?棋院内で?」 「うん。棋院に来てる時だけだけど……。まぁ、オレの勘違いかもしれないけどさ。」 そう言いつつも、やっぱり心の何処かで引っ掛かる。 「勘違い」では済ませられない気持ちがそこにある。 「ま、オレも気をつけて見てみるけどよ。あんま気にしない方が良いぜ。」 和谷はそう言うと、自分の次の対局場所に行った。 「ふぅ……。」 一つ、息を吐く。 『本当に大丈夫ですか、ヒカル?元気が無いですよ。』 すると、佐為が話しかけてきた。 『ん、大丈夫だよ。ただ、ちょっと気になってるだけ。いつか、誰か分かるだろ。』 声には出さずに佐為にそう言って、ニコリ、と微笑む。 そう、いつかは分かるだろう……。 今気にしても、仕方が無い。 「さぁ〜〜てとっ、あと1局、頑張るぞっ!!」 そう言って、腕を振り上げるヒカルを、佐為は少し心配そうに見た。
「んぁああーーーっ!!今日も1日終わったな!」
午後の対局も終わり、いつものメンバー、ヒカル、和谷、伊角、そしての4人で棋院を出た。 「どうする?これからどっか寄ってくか?」 和谷が3人を振り返って言った。 「ちょっとどっかで食ってかないか?オレ腹減ったよ。」 ヒカルがお腹を押さえながら言った。 「そうだな…、軽く何か食べてくか。」 伊角もそれに応える。 「じゃあ、いつものトコで良いよな。」 そう言って、和谷は歩き出した。 いつもと変わらない午後。 いつもと変わらない会話。 しかし、そんな3人の後ろを付いて行くの視線は、ヒカルの背中に向けられていたーーーーー……。 ーーー次の週ーーー
「おはよっ、!」
いつもと同じ様に、ヒカルが皆に挨拶をする。 そして、に声をかけたのだが…、当のはヒカルをじ…っ、と見たまま返事を返さなかった。 「……どうした、……?」 不思議に思い、ヒカルはの顔の前で手を振ってみる。 「…………っ!?ぁ、お…おはようっ、進藤君……っ!!」 その途端に、は我に返り、慌てて返事をした。 「えっと、ぁの、私、対戦表見てくるから……っ!!」 そう言うと、は3人の元を離れて対戦表を見に行った。 「何か…今日のおかしくねぇか?」 そんなの様子を見ていた和谷がヒカルに声をかける。 「うん…、そうだな……。」 『どうしたんでしょうねぇ……?』 隣に立つ佐為が扇子を口元に当てながら言った。
じーーー、っと見られていた……。
やっぱり…お前なのか、……?
「あの慌てっぷりを見ると、もしかしてお前にホの字だったりしてな。」
「…………っ!?な、何言ってんだよっ、和谷……っ!!」 予想もしていなかった和谷の言葉に、ヒカルは絶句した。 「冗談だって!何本気にしてんだよ?ンな訳無いだろっ!!」 顔を赤くして突っかかって来るヒカルを見て、楽しそうに笑う和谷。 「はいはい、2人ともふざけるのはその辺にしとけよ。そろそろ対局が始まるぞ。」 そんな2人を止めたのは、伊角だった。 未だにニヤニヤと笑う和谷を横目で見つつも、ヒカルはやはり心のどこかでさっきのの様子が気になっていた。
午前の対局が早めに終わったヒカルは、お昼に誘うためを探そうと思った。
しかし、当のは大広間には見当たらない。 「おかしいな…、もう終わったのかな……。」 キョロキョロと辺りを見回しながら歩き、入り口付近に立つと、急に誰かに引っ張られた。 「ぃ゛……っ!?」 『ヒカル……っ!?』 そのまま暫く引っ張られて、気が付けば誰もいない廊下に立っていた。 落ち着いて、自分を引っ張った相手の顔を見る。 自分の目の前で振り返った人物ーーーそれは…、探していた本人だった。 「……ぇ…、……?」
一瞬何が起こったのか分からなくなった。
目の前では、が少し上目遣いで申し訳無さそうな顔をしている。 「ごめんなさいです…、進藤君……。でも、どうしても誰もいない所で言いたい事があって……。」 視線を床に向けながら、が言った。 その瞬間に、脳裏に過ぎる言葉。 『もしかしてお前にホの字だったりしてな。』
まさか、とは思いつつも、少し鼓動が早くなる。
『大丈夫ですか、ヒカル?顔赤いですよ?』 『煩い!少し黙ってろよ……っ。』 そんなヒカルの顔を、佐為が覗き込む。 「ぁ…、あのね……。」 後ろ手に組んだ手を、もじもじとさせる。 「気を悪くしないでね……!」 そう言って、顔を上げたは、とんでもない事を言った。 「進藤君って…、霊媒体質……っ!?」 「……は……?」 その瞬間、時は止まった。
「ぇっと…、あの、その、何だか話が読めないんだけど……。」
冷や汗をだらだらと流しながらヒカルは聞いた。 「ぅん……。えっとね、何だか私、時々なんだけどね…進藤君の隣に、平安時代の貴族みたいな服を着た……。」
『な、なぁ、佐為…、この流れって、もんのすごくマズクないか……?』
ヒカルは横目で佐為を見る。 『えぇ…、でも、ヒカル以外に私が見える人がいるはずは……っ。』 「女の人が見えるのです……っ!!」
『…………っ!?』
『私は「男」です……っ!!』
のその言葉が発せられたと同時に、佐為はに涙の抗議をした。
いつもヒカルにするように、肩を持ちユサユサと揺らす。 『言い直してください〜〜〜!私は「男」っ、「男」なんです〜〜〜っ!!』 わんわんと泣きながらにしがみつく佐為。 しかし、当のは今は全く佐為が見えていないようである。 ヒカルのみをじっと見据えている。 「えっと……。」 そんな2人を見て、どうしたものかと悩むヒカル。 『ヒカル!言ってやって下さいっ、私は「男」なのだと……っ!!』 佐為が、熱い眼差しでヒカルに言う。 ……そんなに女と思われたのがショックだったのか……。 (どうしたら良いんだよ……。) 頬をポリポリと掻きながら、ヒカルは考えた。 (ん〜〜〜、何てごまかしたら良いのか……。) 佐為本人は誤解を解きたい様だし…、は未だに熱い眼差しでこちらを見ているし……。 (よしっ、一か八かだ……っ!!) 「ぇ…っとさ、その、実はオレ、平安時代の碁打ちの霊が憑いてるんだよな〜〜〜っ!!……なんて……。」 あからさまに、わざとらしく頭に手を当てながらヒカルは言った。 (いくらでも、こんな事は信じないよな……。) そう思い、苦笑いをしているとーーーーー……。 「……っすごい……っ!!」
目の前のが目を輝かせながら詰め寄って来た。
「へ……っ!?」 その反応に、ヒカルは素っ頓狂な声を上げた。 「すごいすごい!進藤君良いなぁ〜〜〜っ!!平安の碁打ちっ!?どんな人なのですかっ、やっぱり強いですか……っ!?」 わくわくと、そんな文字がの周りに見えそうなくらい楽しそうである。 「ぃや…、あの……っ。」 「その人に囲碁を教えてもらったりしてるんですか……っ!?」 どんどんヒカルのほうに近付いて来る。 『どうすんだよ、佐為!思いっきり信じ込んでるぞ……っ!?』 『どうする、と言われても……。』 佐為も、ここまで素直に信じるとは思っていなかったらしい。 さっきまでは、「男」だと主張していたが、今では困り顔だ。 「平安貴族の女性は囲碁も嗜んでいたんですもんね!」 『だからっ、私は「男」なんですってば……っ!!』 またも佐為にとっての禁句を口にした。 目の前でどんどん近付いてくると、後ろで泣き喚いている佐為に板挟みにされて、ヒカルは頭が痛くなって来た。 「あぁ〜〜〜っ、もう!ちょっと落ち着けよ、2人共っ!!」 気が付けば、ヒカルはそう叫んでいた。 「……2人……?」 (ヤベ……っ!!) きょとん、とするを見て、ヒカルは我に返った。 「もしかして、今もその人がいるんですかっ!?」 はそう言って、ヒカルの周りをきょろきょろと見回す。 『はぁあぁぁ〜〜〜。もう、ホントどうすんだよ……。』 頭を抱えつつ、自分の周りをぐるぐる回りながら佐為を探すを見る。 「……はぁ〜〜〜…、ちょっと来いよ、っ……。」 とうとうヒカルは決心をして、の手を引き適当な部屋に入った。
「ここなら誰も来ない…よな……。」
後ろ手にパタン…、と扉を閉めながらそう呟く。 近くにあった控え室。 今は使われていないようなので少し借りる事にした。 何しろ、今から自分の秘密をバラすのだから……。 「あのな、聞くけど…って口堅いか……?」 ヒカルの行動を不思議そうに見つめていたに聞く。 「うんっ、「秘密にしてね。」って言われたら秘密にするですよっ!!」 ヒカルの言葉に、元気良く返事をする。 「…………。」 何だかその元気さが空回りしそうで恐ろしいのだが、ここまで来たらもう後戻りは出来ない。 「……あのな…、今からオレの秘密を話すけど…、絶対に誰にも言うなよ……!」 真剣な眼差しでを見る。 「……っぅ、うん……っ!!」 そのヒカルの視線に一瞬気圧されて、は大きく頷いた。 「……実はな、オレ……。」
「……っふはあぁぁぁ〜〜〜……っ!!」
緊迫した空気の中、の間の抜けた声が部屋に広がった。 「……これで全部だよ。佐為は今もここに本当にいるし、オレが佐為に色々と教えてもらったのも本当さ……。」 少し項垂れて話すヒカル。 「秘密にしてくれ。」とは言ったものの、最終的にがこの事を話すと言ったらそれは止められない事なのだ。 「……で、どうするんだ……?」 恐る恐る、に尋ねる。 「……何をですか……?」 きょとん、とは首を傾げる。 「だから…、俺の秘密を、皆にばらすとか……。」 真っ直ぐに自分を見つめて来るから少し視線を逸らして言った。 「え?でも、秘密にしとくんでしょう?何で私が誰かに言っちゃうんですか?」 全く持って意味が分からない、と言う顔をしてが言う。 「そりゃ言ったけど…っ、は、許せるのか……?オレが今言った事……。」 ヒカルは全ての事をに話していた。 佐為と出合った時の事も、初めてアキラと対局した時の事も。 その時、佐為に打たせて勝った事もーーーーー……。 洗いざらいに全て、何も包み隠さず話した。 「私は進藤君が何でそんな事を言うのかが分かりませんけど……。だって、最初は佐為さんに頼っていたかも知れないけれど、今の進藤君は、進藤君自身の力で打ってるんでしょう?それなら問題無いじゃないですか。」 そう言って、ニッコリと笑う。 「…………っ。」 正直驚いた。 びっくりして…、安心した……。 ずっとずっと、1人で秘密を抱え込んでいて、怖かった。 誰かにばれたら、何を言われるか……。 自分の力ではない。 佐為の力に頼っていたからこそ今まで勝てたのだ、と。 そう言われるのが怖かった。 アキラに勝ったのは自分の力では無かったのだと、責められるのか怖かった。 それはお前の力では無い、佐為の力だとーーーーー……。
「……ハ、ハハハ……ッ。」
の笑みを見ると、全身から力が抜けて来た。 ずるずると、壁を背にしゃがみ込む。 「んにゃ?どうしたの進藤君?」 今まで通り、目の前では笑っている。 「本当…、お前で良かったよ……!」 ヒカルは、額を押さえて笑い出した。 吹っ切れたように笑うヒカルを見て、は良く分からなかったけれど、一緒に笑っておいた。 互いに笑い合うヒカルとを見て、佐為は優しく微笑んだ。
「ったく、何処行ってたんだ〜〜〜、お前らっ!!」
一通り話し終えた2人は、大広間に戻った。 と、その途端に和谷に詰め寄られる。 「ぇっ、いや、その……!」 じりじりと近寄られて後ずさりして行くヒカル。 「あぁ〜ん?オレ達に隠れて内緒話でもしてたのかぃ?」 「いやぁ、そう言う訳じゃあ……。」 どんどんと壁に追いやられる。 ハッキリ言って、目が怖い。 「……それとも何か、やっぱり「告白」だったのか……?」 とうとう背中が壁に触れたとき、和谷はヒカルの耳元で囁いた。 「……っ違うよ……っ!!」 その言葉に力一杯否定する。 「そうかぁ?そんなに否定するのは反対に怪しいぜぇ?」 ニヤニヤとヒカルを見る和谷。 「そうですよぉ、違いますぅ!私達はただ秘密のお話をしてただけなんですよっ!?」 1人赤面して否定するヒカルを見かねたのか、が和谷を止めた。 「…………っ!?」 の台詞に焦るヒカル。 こうも簡単に言うとは。 「秘密の話?何なんだよ、ソレ?」 和谷は、ヒカルに詰め寄る事を止め、今度はに聞いている。 「それはですねぇーーー……。」 『言うな!言うなよ……っ!!』 口元に人差し指を当てるに、ジェスチャーで伝えるヒカル。
「秘密なのです♪ねっ、進藤君!」
くるり、とヒカルの方を向き、ニッコリと聞いて来た。 「……へ……?」 間の抜けた声を出すヒカルに、は軽くウィンクをした。 「さぁ、午後の対局が始まっちゃいますよ!和谷君も伊角さんも進藤君も!あと少し頑張りましょーーーっ!!」 「オー!」と、自分で言いながら、は対局場所へ向かって行った。 「…………。」 そんな後姿をポカンと見つめる。 「秘密を守る」その言葉に嘘は無かったようだ。 ……余計に怪しまれる分、半分はすでに意味が無いようなものだが……。 「……そうだな…、頑張るか……っ。」 ヒカルはそう言って一度伸びをした。 そして、自分の対局場所へと向かう。 後ろの方で和谷が「秘密の話って何だよ!」と叫んでいたが、あまり気にならなかった。 『そう言えば……。』 に始めて会った時……。 『あの時、じっとオレの方見てたのは、佐為、お前の事見てたのかもな……。』 心の中で、そう呟く。 『さぁ、どうなのでしょうね……?』 佐為は、口元に扇子を当て、軽くフフ、と笑った。 これからも、今までと変わらない毎日が続いて行く。 少し違うのは、がオレの秘密を知っていると言う事。 でも、なら。 なら、大丈夫だな、と。 心の中でそうヒカルは思って、少し微笑んだ。 〜〜〜後書き〜〜〜 ハム猫・「ハイ!長々とお待たせしましたっ、院生シリーズ一応の完結です!」 進藤・「何か…中途半端な終わり方だよなーーー……。」 ハム猫・「それは言わない☆長い間間を空けていたので、ヒロインさんの性格(口調)が目茶苦茶に……。不思議ちゃん設定は何処へやら。」 進藤・「しっかし、何でには佐為が見えたんだ?」 ハム猫・「分かりません。(キッパリ☆)」 進藤・「分からないって……。」 ハム猫・「まぁ、ヒカルと波長が合ったとか、相性が良かったとか適当に当てはめて下さい。」 進藤・「ったく、適当な……。ところで、これって今回で終わりなんだよな?」 ハム猫・「そのつもりですが、もしもこれからもプロ棋士とかも絡めて欲しいと言う要望があれば、続き書くかもです。」 進藤・「プロ棋士ねぇ……。何か大変な事になりそうで怖いけど……。」 ハム猫・「要望が無くても冴木さんが書きたくなったら書くかもね!」 進藤・「何なんだよ、それ!」 ハム猫・「ま、そんな事なんで感想お待ちしてます〜〜〜♪」 進藤・「じゃあ、今までこのシリーズ見てくれた人有難うな!もしも機会があったらまた会おうぜっ!!」 |