コン、コン……。 一日を終えた時刻に、軽くドアを叩く音。 「ん?」 その音に、その部屋の主ヴォーカルは小さく返事する事で答えた。 すると、カチャリ…と小さな音を立ててドアが開かれ、そこには少女が立っていた。 枕を腕に抱きかかえ、少しおどおどした目で中を窺い見る。 ベッドの上にその部屋の主を確認すると、控えめに聞いてきた。 「今日…、一緒に寝て良い……?」 ……これは、本能のままに突っ走っても良いって事だよな……? ーーー葛藤ーーー 時をさかのぼる事数時間前ーーーーー。
「ふぇあ゛あぁあぁぁ〜〜〜っ!?」
北の都はケストラー城に、人間の物とも魔族の物とも思えない悲鳴が響き渡った。 「「どうした(どうしたんです)……っ!?」」 その悲鳴とほぼ同時に、その声のした部屋へと入り込むヴォーカルとオル・ゴール。 何故こんなに素早く入って来れたかと言うと、この部屋の主がだったからだ。 ヴォーカルとオル・ゴールの部屋はの部屋をはさむようにあり、物音一つ聞き漏らさないほどに気を配っている。 ……と、言うか気になって仕方が無いと言った方が正しい気もするが。 とにかく、入るとすぐにが飛び出してきた。 勢いで先に入ろうとしたヴォーカルに抱きつく。 (ちょっとラッキー。)なんて思いながらも、ヴォーカルは尋ねた。 「さっきの悲鳴は何なんだ……?」 すると、はふるふると震える指で部屋の中を指し示した。 ヴォーカルとオル・ゴールはその先を覗き見るが、そこにはいつもと変わらない部屋があるだけ。 簡素な作りの部屋に、必要最低限の家具が置かれている。 いつもと全く変わった所が無いので、2人は未だに震え上がっているに疑問の視線を送った。 「なぁ、何もねぇけど……?」 おそるおそるとに尋ねるヴォーカル。 「…………っ!!いるじゃない、ほら、そこに……っ!!」 ヴォーカルにしがみ付いていたは、その言葉にパッと顔を上げると涙を溜めた目でヴォーカルを見た。 そんな顔も可愛いぜ…とかついつい思いながらも、の指差す方をよくよく見る。 「…………?」 そう言えば…、の示す床の辺りに何か黒い点が見えるような……。 「……あれって…アレか……?」 その点はとても小さな物で遠めには確認出来ないほどだ。 しかし、にとっては恐ろしい物なのだろう。 見るのも嫌らしく、ヴォーカルにくっ付いてばかりいる。 「あれって…、”蜘蛛”ですか……?」 隣のオル・ゴールがポツリと漏らした。 その瞬間にびくりとの肩が震える。 「お前、蜘蛛嫌いなのか……?あんなにちっこいのに……。」 半ば呆れ気味にヴォーカルが言う。 まぁ、彼らに取ってはいてもいなくても気にならない存在だろう。 だが、をそんな魔族と一緒に考えてはいけない。 「だってだって!小さくても何でも苦手なんだもん!怖いんだもん!しかも、まだ小さいんだよっ!?って事は、子供って事で、この部屋にいるって事は近くで生まれたかもしれなくて、まだ他にも一杯ク…クモがいるかもしれないって事で……っ!!」 かなり怯えているようで必死に説明をする。 しかも、自分で言っておいて想像すると怖いらしく、瞳に溜まっていた涙はぽろぽろと零れ落ちてきた。 「あーあー、分かった、分かったよ。殺しゃ良いんだろ、殺しゃ。」 そう言うと、を優しく離し、部屋の中に足を踏み入れた。 「…………っ!?」 ヴォーカルの発した言葉に驚いて後ろを振り返るが時すでに遅し。 ヴォーカルはいとも簡単にその小さな子蜘蛛をぷちりと踏み潰した。 「…………っ!?な、ななな、何て事するの、ヴォーカルっ!?」 かなり混乱した様子でヴォーカルに詰め寄る。 「あ゛?だって、お前が蜘蛛が怖いって言うから……。」 「殺さなくても良いでしょっ!?この部屋から出してくれさえすれば良かったのに……っ!!さっきの一匹殺しちゃった事でクモに祟られたらどうするの〜〜〜っ!?」 はもうかなり一杯一杯らしい。 言ってる事が有り得ないと言うか、ヴォーカルには理解不能だった。 本人も混乱の極みで声を出して泣き出すし、ヴォーカルはどうすれば良いのかと頭を掻いた。 「ぁ、あの、大丈夫ですよ!あの蜘蛛は僕がちゃんと片付けて…えっと、供養しておきますのでっ。だから、ね。大丈夫ですよ!」 中々に泣き止まないを、オル・ゴールが慰めにかかった。 優しく頭をなで、落ち着かせる。 こういう事に関しては、ヴォーカルよりもオル・ゴールの方が上手かった。 オル・ゴールの言葉にだんだん落ち着きを取り戻してきたのか、の涙が止んできた。 すんすんと鼻を啜りながら、コクリと小さく頷いた。 それからは、ちゃんとオル・ゴールが片付けをして「もう大丈夫だから」と言い聞かせて終わったのだが……。
「どうしたんだ?」
部屋に入って来たに、ヴォーカルは問いかけた。 「ん、あのね…その…、クモが、怖くて……。」 何だと言うかやっぱりと言うか、最初に期待した理由とは全く違うが、まぁそれをこの少女に期待するほうがおかしいか。 「蜘蛛はもう片付けただろ?」 もじもじと落ち着かない少女に問う。 「いや…そうなんだけど……。何かいつまた出てくるかとか思うと眠れなくて……。」 先程の恐怖がかなり焼き付いているのだろう。 一人であの部屋にいるのが怖いようだ。 「で、今日は一緒に寝たいってか?」 「……駄目……?」 そんな顔して聞かれたら駄目な訳無いだろう、と言いかけたがそこはぐっと堪える。 「良いぜ、こっち来いよ。」 そう言って、座っていたベッドの布団をめくる。 すると、とことことは寄って来た。 「一応枕は持って来たんだけど……。」 そう言って枕を置く。 「ヴォーカルはまだ寝ないの?」 それまでベッドの上に座っていたせいか、きょとんと尋ねる。 「ん?いや、もう寝るぜ。」 そう言って、2人で布団にもぐり込んだ。
(何て言うか…、こんなに簡単に入ちゃって良いもんなのかねぇ……?)
目の前で気持ち良さそうに丸まっているを見て、ヴォーカルはつくづく思った。 普段から色々とちょっかいはかけているが、それでも意識されない程に鈍いのか、この少女は。 こっちとしては、理性を保つので大変だと言うのに。 夜になるとまだ少し肌寒いせいか、だんだんとくっ付いてくる。 「やっぱり1人より2人の方が暖かいねぇ、ヴォーカル。」 幸せそうな声でが言う。 「ぁ、あぁ、そうだな……。」 曖昧な返事を返しながらも、どう出れば良いのかと思考を重ねる。 このまま今まで通りアピールしていてもこの少女に男として意識される日がくるのか分かった物ではない。 だが、ここで自分の欲望のままの行動に出て、それでこの少女の心の傷を付けるのは嫌だった。 折角ここまで明るく、元気になったのだ。 昔のような事を思い出させたくはなかった。 今まで傷付け壊す事しかして来なかった自分がこんな事を考えている事に、おかしな気分になる。 「全く…困った姫さんだぜ……。」 小さな声でポツリと言った。 どうやらすでには寝付いているらしく、その声を聞かれる事は無かった。
幸せそうな寝顔。
人間達とは離れたこの場所で。 最低限の物があるだけの、決して裕福ではないこの場所で。 こうして身を寄せて眠る事がこの少女の幸せであると言うのなら。 オレは、命を懸けてでも、それを守ってみせよう。
そう思いながら、ヴォーカルは少女の寝顔を見つめた。
この感情が人を好きになると言う事。 人を愛すると言う事。 傷付け、壊し、無理矢理に手に入れるのではなく、相手を思いやると言う事。 「ま、お前がオレだけのものになるまで、気長に待ってやるか……。」 それまではもう暫くこのままで。 そう言いながら、ヴォーカルはの髪をなで、自らも瞼を閉じた。
翌日、部屋にいないを探したオル・ゴールが、ヴォーカルの部屋で仲睦まじく寝ている姿を発見して彼女の身を案じ、ヴォーカルを問い詰めたのは言うまでも無い。
〜〜〜後書き〜〜〜 ハム猫・「あっはっは、何か書いちゃった☆」 ヴォーカル・「書いちゃった、じゃねぇ!」 オル・ゴール・「って言うか…、これって…良いんでしょうカ……?」 ハム猫・「どうなんだろう。微妙な言葉を並べるのは別にOKですか?」 ヴォーカル・「ってか、我慢してやったオレに感謝しろ。」 オル・ゴール・「我慢しなかったら作品自体存在しませンよ。」 ハム猫・「あ〜、でもクモ好きって方はそれ程いないかと思われますが、平気な方はすみませんでした。作者の天敵なんです。」 ヴォーカル・「チッ、テメーが怖がっても可愛くねーんだよ。」 オル・ゴール・「怖いと言うか過剰に反応してるだけデしょう?」 ハム猫・「うっわー、ヒロインさん以外にはめっちゃ手厳しいですな。あぁ、オル・ゴールの台詞に微妙に混じるカタカナは本編では見難そうなので無視してます。」 ヴォーカル・「素直に面倒だって言えよ。」 オル・ゴール・「その前に、キャラが偽者過ぎる所を謝罪すべきだと思いまスが。」 ハム猫・「ご尤もです。でも、まぁ脳内のヴォー&オルはかなり甘くなってますので。この設定が嫌な方は読まないで下さいね〜〜〜。」 ヴォーカル・「ってか、の性格も変わって来てねぇか?」 オル・ゴール・「あ、それ僕も思ってまシた。」 ハム猫・「ギックゥ!いや、何か書きやすいように、自分の好みにしていくと天然っぽくなって来たりとか…ねぇ……。」 ヴォーカル・「目線をそらすな、目線を。」 オル・ゴール・「統一性無くてスミマセンねぇ……。」 ヴォーカル・「ま、あれだな。こんな変な設定でもまた読みたいって言うんだったらまた会おうぜ。オレとしてはずっとお前を掴まえときたいけどな。」 |