ここは、創界山は第七階層にある聖龍殿。 ここでは最近ある話題で持ちきりだった。 新しい侍女が入ったのだ。 しかしそれはまだまだ幼く、翔龍子と同じくらいの年頃だった。 だが、当の侍女はその年齢から想像するよりもずっとしっかりしており、 仕事もてきぱきとこなす腕を持っていた。 そして何より、歳が近いせいか翔龍子がいたく気に入り、彼の身の周りの事はこの侍女の仕事になった程だ。 明るく、元気で、笑顔は春一番に咲く桜の様に可愛らしい。 しかし、その侍女が最近元気が無い、と言うのである。 ーーー恋心ーーー
「!……っ!!」
ぱたぱたと、廊下を駆ける足音が聞こえる。 「……はいっ!!」 背後から自分の名前を呼ばれ、侍女・は振り返った。 「やっと見つけたぞ、!」 そこに立っていたのは、息を切らし、肩で息をしている翔龍子。 「ど、どうなさいました、翔龍子様っ?」 その様子に、は慌てる。 「そのような言葉遣いはするなと言ったはずであろう?予の事は「翔龍子」と呼べば良い!」 「そ、そう申されましても……。」 いつも繰り返される会話。 それを一通り話してから、 「で、何の用でございますか?」 は聞いた。 「おぉ、そうであった!あのな、。この前遠乗りに行った時にな、それは美しい桜を見つけたのだ。これからそこに行こう!」 そう言って翔龍子はの腕を引っ張った。 「……っぁ、あの、でもまだ私には仕事が……っ!!」 引っ張られて走る中、は前を走る翔龍子に声を掛けた。 「そのようなものはどうでも良い!後で予が武宝に言っておいてやる!」 「…………。」 その言葉に、は困ったような顔をした。 実際、こう言う事はが来てからよく起こっている事である。 周りの侍女や武宝は、が来てから翔龍子は今までよりも元気になったと喜んでいるし、まだ仕事が残っていても、他の侍女が「私がやっておくわ」と言って代わってくれる。 それは嬉しいのだけれど、申し訳無く感じるし、自分の仕事くらい自分でしたかった。 それに、最近はこうして翔龍子といる事が怖くなる時があるのだ。 自分が自分ではなくなるような、調子が狂うような気がしてならない。 特に最近はそれが激しくて、出来るだけ翔龍子の傍にいる事を控えているのだ。
パタパタと長い廊下を走り、次の角を曲がろうとしたその時ーーーーー。
「……おっと……っ。」 向こうの角から武宝が現れた。 一生懸命走っていた翔龍子は案の定武宝にぶつかってしまった。 「これはこれは、翔龍子様。廊下を走られては危険ですぞ。」 ぶつかって来た翔龍子を優しく受け止め、支えてやる。 と、その後ろにいるに気が付いた。 「おや、翔龍子様はこれからお出掛けですか?」 今までの経験からしてそうであろうと思い、武宝は微笑んだ。 「そうだ。の仕事がまだ……。」 翔龍子が嬉しそうにそう言いかけた時……。 「ぁ、あのっ、私、まだ仕事を残して来ていますので……っ!!」 普段は大人しいが、翔龍子の腕を振り解いて走り去ってしまった。 「…………。」 急な事に驚いて、ただただポカンとの後姿を見つめる翔龍子と武宝。 の姿が見えなくなって、初めて我に返る事が出来た。 「…………!どうしよう、武宝!予は…、予は嫌われてしまったのだろうか……っ!?」 翔龍子は、今にも泣き出しそうなほどに悲しそうな顔で武宝にしがみついて来た。 「予がを無理矢理に引っ張って来たから、怒ってしまったのだろうか……っ!?」 武宝の服を握り締め、真っ直ぐに聞いて来る。 「……私には分かりませぬが…、何やらいつもと様子がおかしかったのは確かですな。」 そんな翔龍子を見ながら、武宝は呟く。 「少し私が話を聞いてきましょう。」 不安そうに見つめて来る翔龍子を出来るだけ安心させるように、武宝は優しく微笑んだ。 そして、翔龍子の頭をポンと一つ優しく撫でると、武宝はが去って行った方向へ歩き始めた。
を見つけた所、彼女は一生懸命に自分の仕事をこなしていた。
傍から見ると、まるで何かを忘れたいがために仕事に打ち込んでいるようだった。 「。」 背後からそう呼び掛けると、彼女は驚いたように体を強張らせた。 「……ぶ、武宝様……!」 そして、背後を振り返りおっかなびっくり、と言う感じに武宝の名を口にした。 「何もそんなに驚く事はあるまい。」 そんなの態度を見て、今度は武宝が驚いた。 「いえ…、すみません……。少し、考え事をしていたものでして……。で…、あの、私に何か……?」 まるでこれから言われる事を分かっているかのように、おずおずと、は言った。 「あぁ、さっきの事なんだが……。」 そう口にすると、はしゅん、と項垂れた。 「……申し訳ございません……。翔龍子様にあのような無礼な態度を……。どんな罰でも受けます……!」 武宝がその先を言わないうちに、は深々と頭を下げた。 「いや、まだ何も言ってはおるまい。私は、ただ何であのような事をしたのかを聞きたいのだ。翔龍子様も自分が嫌われたのかと心配しておりますからな。」 が深々と下げた頭を、軽く撫でてやりながら、武宝は優しく言った。 すると、ゆっくりとは顔を上げた。 「……最近…、変なんです……。」 暫く迷っているような表情をしていたは、急にポツリとそう言った。 「……変……?」 そのの深刻そうな顔を見て、武宝も眉を寄せた。 「最近…、翔龍子様のお傍にいると、私おかしくなるんです……。」 申し訳の無さそうな顔をして、は少しずつ語り始めた。 「何だか、自分が自分で無いような……。胸がもやもやしたり、急に苦しくなったり…、じっとしていられないような感じがして……。こんな事初めてで…、私どうして良いのか分からなくて……っ。だから、出来るだけ翔龍子様のお傍にいないようにしてたんです……。」 固く拳を握り締めて、うっすらと目に涙を溜めては言った。 「…………。」 そんなの様子を、じっと見ていた武宝は……。 「ははははは……!」 急に笑い出した。 「…………っ!?」 武宝の急な変わりように、目をパチクリとさせる。 目の前で笑い続ける武宝を見て、どうしたら良いのか分からないでいた。 そんな困惑を顔に浮かべたを見て、武宝は言った。 「、それは翔龍子様に恋をしているのだ!」 「恋……っ!?」 武宝のその一言に、一気に赤面する。 「そ、そんな…っ、そんな事ありません……!そんな、私が…翔龍子様に恋だなんて……っ!!」 急に与えられたその答えに、つっかえつっかえ反論するも、その真っ赤な顔は何も言わずとも肯定しているようなものだった。 「いや、なに、まぁこれは私の推測ではあるが…、当たっていると思うぞ。」 目の前でわたわたと取り乱しているを見て、微笑んだ。 「……そんな……。」 当のは、真っ赤な顔で俯いている。 「でも、例えそうであっても……!」 「良いではないか。」 身分が違いすぎると訴えるように顔を上げたを、武宝は優しい笑顔で受け止めた。 「自分の気持ちに素直になる事は大切な事だ。それに、無理に隠したままだったら、ますます翔龍子様は落ち込んでしまわれる。」 少し悪戯っぽく笑って。 「翔龍子様に会いに行って差し上げなさい。何も恐れる事は無い。自分の気持ちに素直になれば良いだけだ。」 そう言うと、武宝はの背中をポンと押して、部屋の扉の方を向かせた。 「翔龍子様なら自室にいらっしゃるだろう。」 後ろを振り返っても、武宝は優しく笑んでいるだけだった。 「…………。」 は、少し考えたが恐る恐るその部屋を出て、翔龍子の部屋に向かい始めた。 武宝はそんなの後姿を、愛しそうに眺めていた。
トントン……。
「ぁ、あの…、翔龍子様……?」 は、翔龍子の部屋の扉をそろそろと叩き、声を掛けた。 その瞬間に、中でガタリと音がしたかと思うと、足音が近付いて来た。 「……か……っ!?」 その声と共に、扉が勢いよく開き、は少し身を引いた。 「ぁ、はい……!」 出てきた翔龍子は、を見た途端、言い様の無いようなもどかしそうな顔になった。 言いたい言葉が出ないようで、自然と視線が逸れる。 「……あの、その、先程は申し訳ありませんでした……っ。」 そんな翔龍子に、は深々と頭を下げた。 「翔龍子様を不快にさせてしまって……!本当に…、申し訳御座いません……っ!!」 翔龍子の口からどんな言葉が出てくるかと、は硬く目を閉じた。 しかし、一向に翔龍子が口を開く気配は無かった。 が頭を下げてから少しして……。 「…………っ!?」 自分の頭に何かが触れた事に驚いて、つい顔を上げてしまった。 「ぁっ、その、すまない…、よく…武宝がしてくれるものだから……。」 そこには、少し頬を染めた翔龍子の姿。 自分の右手を胸の前で抱えている。 今、頭に触れたのは翔龍子の手だったのだ。 その事に、今度はが赤面した。 「ぁの…、いつまでもここに立っているのも何だ…、中に、入らないか……。」 その沈黙に耐えられなかったのか、翔龍子はを部屋の中に招き入れた。 「……失礼します……っ。」 は、翔龍子の後ろについてギクシャクとしながら中に入った。 「適当に…、好きな所に座ってくれ……。」 2人とも目線を合わせずに、床に視線を落としている。 「……はい……。」 そう言ってが椅子に座ると、2人とも黙り込んでしまって部屋に沈黙が下りた。 「…………。」 「…………。」 何か喋らなければと思いつつも、顔を上げると目が合ってしまいそうで怖くて出来なかった。 だんだんと気まずくなってきて、少しここに来た事を後悔しだした時ーーーーー……。 「は……。」 翔龍子が口を開いた。 「予が嫌いか……?いつも…、勝手に連れ回しているから…嫌いになったか……。」 ポツリポツリと、未だに視線は床へと向けたまま言った。 「……っ違います!」 その静かな問いに、は気が付けば顔を上げていた。 「その…、違うんです!上手く言えないんですけど…私は翔龍子様を嫌ってなんかいません!」 の叫びにも近い程の言葉に、翔龍子も落としていた顔を上げた。 「それは…、本当、か……?」 本当だと信じたい気持ちと疑う気持ちが半分半分な顔で聞いてくる。 「はい……。」 は、その問いに、落ち着いて答えた。 「予は…が好きなのだ。いつも傍にいて欲しくて…、その気持ちが強すぎて、の気持ちを考えていなかった……。」 翔龍子は、の瞳を見て、申し訳無さそうに言った。 「翔龍子様…、私も…翔龍子様と一緒にいるの、好きですよ。その…、きっと…私も……。」 武宝の「自分の気持ちに素直になれ」という言葉が脳内で反復する。 ここで言わなければまた翔龍子を不安にさせると思うのだが、気恥ずかしくて言葉が口から出て来ない。 顔を真っ赤にして、またも視線を落としてしまったを見て、翔龍子はクスリ、と笑った。 「。」 そして、ハッキリと、そう呼んだ。 「は、ハイ……!」 中々決心が付かずに俯いていたは、急な事につい顔を上げた。 「これから…、予と二人でいる時だけで良い…、予の事は「翔龍子」と呼んでくれ。改まった言葉遣いもいらぬ。」 優しく微笑んで、翔龍子は言った。 「…………。……はいっ。」 暫くそんな翔龍子を見つめていたが、はゆっくりと微笑んだ。 2人とも、微笑み合った。 「…、今日はもう時間が無いが…、明日、明日一緒に桜を見に行こう。」 翔龍子は、の目を見て穏やかに言った。 「はい、翔龍子様……っ。ぁ……!」 は、翔龍子の名を呼んだ後で気付き、口元を押さえる。 「ハハ…、今すぐ無理にとは言わぬ。ゆっくりと、少しずつで良いのだ。これからも…ずっと一緒にいるのだから、な……?」 〜〜〜後書き〜〜〜 ハム猫・「全国の翔龍子様ファンにすみません。ハッキリ言って武宝さんとお話がしたかっただけです。」 翔龍子・「それでは、予は付け足しのようなものではないか!」 ハム猫・「あぁ、怒らないで下さいませ!いや…、でも一応ラブラブになったし、さ……。」 翔龍子・「予は廊下を走る等という無作法な事はせぬぞ。」 ハム猫・「嬉しすぎてちょっとはっちゃけすぎたんだよ、きっと。」 翔龍子・「むぅ…、何と無理矢理な話なのだ……。」 ハム猫・「そんなの言ってたら、始まらないし☆そもそも、武宝さんが侍女の翔龍子様への気持ちを許す事からして有り得ないだろう、とか自分でも思いつつ。でもきっと、武宝さんにとっては翔龍子様が息子のように可愛いのと同じで、さんの事は娘のように思ってるんですよ。」 翔龍子・「本当に、武宝にはいつも世話になっているからな……。」 ハム猫・「私も世話になりたいですよ……。(遠い目)」 翔龍子・「……何を言っておる…、大丈夫か……?」 ハム猫・「あぁ、すいません、ちょっと違う世界に飛んでました。まぁ、侍女の仕事とか全く知らないので、こんなに甘い訳あるかーーー!と突っ込まれそうですが、メインが武宝さんだから……☆」 翔龍子・「…………。」 ハム猫・「うっわ、ものごっつ睨んでる……!ゴメンナサイ、メインハ翔龍子様デス。」 翔龍子・「まぁ良い、許してやろう。それでは、ここまで読んでくれて有難う。心から感謝するぞ。」 |