「ふぅ…、今日はオレ一人か……。」
ジェネルはそう言いながら噴水広場を歩いていた。
彼はこの街に新しく出来た「何でも屋」で働いている。
「何でも屋」と言っても、困っている人がいれば助けるし、何か頼まれればそれもする。
現実的に可能な事ならば、何でも手伝う、と言う仕事だった。
普段は2人一組で街を見て回って、一人が店番をすると言う感じだが……。
「ノーラルドは薪割り、ラグドルは奥様がたに引っ張りだこ、ファルはペット探しにライツはごみ拾い……。」
一人歩きながら指折り数えていく。
自分以外の従業員は皆仕事が入っていた。
今フリーなのは自分だけ。
故に、街中を探索して来い、と言う指示を受けたのである。
「ん〜〜〜、でも…今日は平和かな……?」
今まで歩いてきたが、快く挨拶は交わしても、何処かに困っている様子の人は見かけなかった。
くるりと踵を返して、一旦店に戻ろうとしたその時ーーーーー……。










ーーー小さな恋の物語ーーー










クイッ……



後ろから、服のすそを引っ張られた。
「…………っ!?」
驚いて後ろを振り返ってみれば、そこには小さな女の子。
いや、「女の子」と言うよりは「少女」と言った方がしっくり来るだろうか。
大きな瞳で、物珍しそうにジェネルを見つめて来ている。
(あれ……?この子は……。)
その子を見て、ジェネルはフと思う。
「ねぇ。」
思った瞬間。
その少女は凛とした声でジェネルに呼びかけた。
「おじさんって、「何でも屋」とか言うのやってるって本当?」
「ぉ、おじ……っ!?」
その少女の言葉に、それまで聞こうと思っていた事も忘れ、柄にも無く驚いてしまった。
この年の少女から見れば、自分はすでに「おじさん」の部類に入るのだろうか……。
「ねぇってば、おじさん!」
驚きの余り声が出ないジェネルに、更に追い討ちをかける少女。
「……っ違う!オレはおじさんじゃない!」
少女の禁句に、ジェネルは必死に否定する。
「じゃあ何ていう名前なのよ、おじさん?」
「だからおじさんじゃ……っ!!……はぁ…、ジェネル……。ジェネルだよ。」
まるで自分を弄ぶかのような少女の態度に、ジェネルは抵抗を諦め、名を告げた。
「ふ〜ん、ジェネルって言うんだ……。」
ふむ、と言うように少女はジェネルの名を繰り返した。
「で、君は?見た事無いけど、旅行か何かの子かい?」
最初に思った事、自分が知らない女の子であった事への疑問を尋ねる。
「見た事無いって…、そんなにあなた街の事知ってるの?でも残念でした。私は今日引っ越してきたの。」
ジェネルの発言に、少し怪訝そうな表情をしつつも、少女は人差し指を立てて、注意を引くように答えた。
「そうか、引っ越してきたのかい。」
少女のその回答に納得して、頷く。
うん、自分が知らないわけだ。
「……で、君の名は?人に名前を尋ねる時には、まず自分から名乗るのが礼儀だと教わらなかったのかな?」
そう言いながら、少女の顔を覗き込み微笑むと、少しプイと横を向き、そっけなく答えた。
「……っよ、……!」
自分の事を話す時は少しもじもじとしてしまう所を見て、ジェネルは小さくクスリと笑った。
(何だ、可愛い所もあるんじゃないか……。)
暫く声を殺して笑って、がこちらを睨んでるのに気付いた。
「……何よ、人の事笑って!そんな事してたら、おじさんって呼ぶからね!」
「はは、それはごめんだよ。笑った事は謝る、ただ君が可愛いな、と思っただけだよ。」
の生意気な口調は照れ隠しも含まれると言う事を知ってしまっては、可愛いと思うしかなかった。
苦笑して、降参の意味も込めて両手を挙げる。
「か…っ、可愛いですってっ!?あなたそんなに簡単にそんな事ポンポン言うんじゃないわよ!」
すると、ジェネルがポンと出した単語に、は真っ赤になって抗議する。
どうやら、そう言う単語を言われ慣れてないらしい。
「おや、君の顔が真っ赤に染まってしまったね。」
腕をぶんぶんと振り回してジェネルをポカポカ叩くものの、の力では痛くは無かった。
笑うな、と言われても、これでは笑わずにいる方が不可能だ。
「〜〜〜〜……っ!!」
今では笑いを堪える事も無く、声に出して笑っているジェネルを見て、の顔は更に真っ赤になって行った。










「……今更謝ったって許さないんだから……っ。」
あれから数分後、やっとジェネルの笑いが収まった頃には、の機嫌は最悪になっていた。
目に涙を溜めて、俯いている。
「ごめんごめん、オレが悪かったから許してよ。悪気があったわけじゃないんだって。」
ずっとこちらを向いてくれないに、ジェネルは中腰になりながら宥める。
しかし、一度へそを曲げてしまったら、中々機嫌を治さないタイプらしい。
「……はぁ、しょうがないな。じゃあ、一つ君の願い事を叶えてあげるよ。何たって、オレは「何でも屋」だしね。」
言葉で宥める事を諦めたジェネルは、別の行動に移った。
何かの求める事に気を逸らさせようと言う訳だ。
「……願い事……?」
ジェネルの言葉に、それまでずっとそっぽを向いていたはそろそろとジェネルを見上げる。
「あぁ、お姫様のご要望を何なりと♪」
やっとこちらを向いてくれたに、ニッコリと笑顔で答える。
実現出来ない事を要求される可能性もあるかと思われたが…、その時はその時だ。
「……じゃあ…、今日一日、私と付き合って……。」
暫く考え込んでいたが口にした言葉は、ジェネルが想像していたような無理難題ではなかった。
「付き合うって…もしかして、オレに惚れた……?」
余りにも普通の願い事な事に、反対に驚いてしまった。
「違うわよっ!!ただ、初めての街だし、誰も知ってる人がいないから街を案内してって意味の「付き合って」……っ!!」
ジェネルが驚いたように尋ねた内容に、瞬時にカッとなって答える。
やっと治まっていた顔の赤みが、また差してきた。
「あ、あぁ、そう言う意味ね。分かったよ、案内ならお安いご用さ。」
すぐにコロコロと機嫌が変わるに、これは一日大変な事になりそうだ、と思いながらもジェネルはその願いを叶えるために、の手を握った。










不機嫌だったの手を引き、ジェネルは自分が知ってる限りの場所を案内して行った。
花屋やお菓子屋、服屋、海や森も。
そして、余り近寄らない方が良い場所も忠告しておいた。
流石に、場所を巡って行く内にの機嫌も治って行き、だんだんと瞳が輝いて来た。



「ここって良い街ね!最初は引越しが嫌でしょうがなかったけど、思い直したわ!」
今は、小休止と言う事でオープンカフェにいる。
ジェネルの奢り、と言う事で大きなパフェを頬張っている。
「それは良かったよ。まだこれからもコースがあるから、楽しみにしててね。」
そんな上機嫌なを見て、頬杖をつきながら微笑む。
「歳の近そうな子もいたし、友達も出来そう!」
「へぇ…、そう言えば、は幾つなんだい?」
のその発言に、ふと疑問に思ったジェネルは尋ねる。
「女性に歳を尋ねるなんて、なってないわね……。でも…、まぁ良いわ。パフェも奢ってもらえたし。15よ。」
ジェネルの問いに、パフェのアイスを突付きながら渋った表情をしたが、意外にすんなりとは教えた。
「……15…だったのかい……?」
その答えに、ついついていた肘から顔が浮く。
それ程に驚きが顔に出ていたのか、はみるみる眉間に皺を寄せて行った。
「……何、まさかもっと子供だと思ってたの……?」
スプーンを口に入れながら、ジトッと睨む。
「えっ!?いや、その…君が余りにも無邪気だったから……っ。」
そんな様子に、また機嫌を損ねるかと思い、一生懸命に取り繕う。
「…………。……良いわよ、別に今に始まった事じゃないし……。」
しかし、意外な事にはすんなりと身を引いた。
「…………?」
「会う人皆に言われるわ。」
スプーンをくわえながら、ポツリとが呟いた。
「私に自覚が無いからだ、とか、もっと自立しろ、とか……。」
少し寂しそうに、そして少し憎そうに、呟く。
「……そうか……。そう言う時は、恋をすると良い。」
「……恋……?」
突拍子も無いジェネルの言葉に、それまで机の一点を睨みつけていたは、彼の方を見る。
「あぁ、恋は人を成長させる。新しい街に来たんだし、何か恋の芽を探してみてはどうだい?」
「…………。」
ニッコリと優しく微笑んでそう言うジェネルを、困ったように見つめる
「そんなに簡単に言ったって……。」
スプーンをくるくると弄りながら、落ち着かなさそうに言う。
と、その時ーーーーー……。



「あら、ジェネルじゃない?」



向こうから歩いてきた女性が、ジェネルに向かって手を振った。
声に気付いたジェネルは、そちらを見ると嬉しそうに女性に笑い掛ける。
「やぁ、オルガじゃないか。今日はどこかにお出掛けかい?」
「えぇ、ちょっと買出しよ。チェリーパイを焼くから。」
「おや、それは楽しみだ。」
「ふふっ、ジェネルったら!」
急に始まった2人の会話に、は目を点にするばかり。
とても楽しそうな2人を見ていると、居心地が悪かった。
「……と、あら?この子は……?」
一通り会話を終わらすと、女性がを見て不思議そうに聞いた。
「あぁ、この子は。今日この街に引っ越してきたんだよ。」
未だにぽつんと座っているに代わって、ジェネルが紹介する。
「あぁ、そうなの!もしかして、もう目を付けたとか?気を付けなさい、ジェネルは女の子には優しいからね。」
ジェネルの言葉を聞くと、オルガはに向かってニコリと笑いかけた。
「…………っ!?えっ、は、はぁ……。」
その急な言葉に、は適当に相槌を打つくらいしか出来なかった。
「ちょっ、何言うんだい!変に誤解されるだろ……っ!?」
「ふふっ、嘘じゃないわよ?」
オルガの言葉に、ジェネルは慌てて詰め寄る。
しかし、女性は楽しそうに笑うだけだった。
「じゃあね、私行かなきゃいけないから!」
オルガは、それだけ話すと手を振りながら去って行った。
「…………。」
とても仲良さ気に話していた2人。
まるで自分は蚊帳の外で。
ここにいる事すら、忘れられたようだった。
「……ねぇ……。」
ポツリとジェネルに呼びかける。
「……ん、何だい?」
その声に、ジェネルはオルガが去って行った方向からへと顔を向ける。
「さっきの人って…、ジェネルの…彼女…とか……?」
恐る恐ると、口にする。
「さっきのって…オルガの事かい……?」
ジェネルが目を丸くしながら確認して来る。
それに、コクリと首を縦に振って答えた。
「……あはは!違うよ、オルガはオレの彼女じゃないよ!それに…、オルガには旦那さんがいるしね。」
もじもじと聞いてくるに、ジェネルは大笑いした。
「……って、あの人結婚してるの……っ!?」
は、ジェネルが言った言葉に大きく反応する。
「あぁ、そうだよ。新婚3ヶ月さ。」
何故そんな事を知っているのか等色々と聞きたかったが、この際無視だ。
「だって、凄く仲良さそうだったし…、あんなに……っ!!」
自分で言いながらも何を言いたいのか分からず、言葉に詰まる。
「オレは、この街の女性皆と仲が良いけどね。」
机に乗り出しながら問い詰めるに、ジェネルは涼しい顔でけろりと答える。
「…………っ!?」
その言葉に、再びは混乱した。
一体、このジェネルと言う男は何なのだろう。
すでに旦那さんがいる女性にあれ程に親しげに話しかける上にこの街の女性全員と仲が良いなどと。
「……ジェネルって…変態……?」
少し落ち着くために椅子に座りなおしたが辿り着いた答えは、それだった。
「違うっ!!何でオレが変態なんだよっ!?女性と親しくしちゃ駄目なのかい……っ!?」
ポソリと呟かれたの言葉に、今度はジェネルが身を乗り出す。
「いや…、悪くは無いけどさ…だって、あんなに皆に親しくしてたら彼女さんに悪いな、とか…思わないの……?」
急に怒鳴られて少し首を縮めながらも、は上目遣いにジェネルに尋ねる。
「彼女……?彼女って、オレの……?」
目を丸くしながらも聞いてくるジェネルに、コクリと首を振って答える。
「ははっ、その点は大丈夫さ。オレに彼女はいないしね。」
「えぇ……っ!?」
爽やかに笑いながら言った言葉に、は咄嗟に顔を上げる。
「あんなに仲良さそうな女の人が一杯いるのに彼女はいないの……っ!?」
今度はの勢いにジェネルが身を引いた。
「……仲良さそう、じゃなくて仲良いんだけどね……。うん、いないよ。今はね。」
の言葉に、一人訂正をいれつつも、最後ははっきりと言い切った。
少し、含みのあるような気もするが。
「……いない、んだ……。」
そのはっきりとした答えに、はカタンと椅子に座る。
何だか、ホッとしたような、落ち着かないような…微妙な感情が胸の中で渦巻く。
気が付けば、パフェのアイスは溶けかけていた。
「……ねぇ……。」
暫く自分の膝を見つめながら座っていたの口から、ポロリと言葉が落ちた。
半分は、自分でも分かりきった事。
この心の変化は、目の前の人物に出会ったせい。
「ん、何だい?」
じっとしたまま動かないを見ていたジェネルは、その声に答える。



「あの、さ……。じゃあ…、ジェネルが…ジェネルが、私を変えてくれる……?」



視界にジェネルを入れる事が出来なくて、ずっと俯いたままだったけれど。

「……あぁ、君が望むのなら……。」

の言葉は、ジェネルに届いたようだった。
優しい声でそう言って。



「オレ好みの女性に、成長させて上げるよ……?」



頬を染めて俯いているを、その瞳に映した。





ーーー心の中の、恋の芽が大きく成長するのも、きっともうじきのこと……。ーーー













〜〜〜後書き〜〜〜

ハム猫・「長っらくお待たせいたしました!63000hitキリリクのジェネルドリームでした!如月さんに捧げますっ!!」

ジェネル・「本当に待たせてすまないね。こいつったら、オリジナルの夢書くのが初めてでねぇ……。」

ハム猫・「……と、言いますか、何気なく書いてたら最後でジェネルさんが大変危ない人になってしまいました。ゲフンゲフン!」

ジェネル・「……やめてよね、人に誤解されるような書き方はさ……。オレの信頼問題にも関わるんだから……。」

ハム猫・「まぁ、どっちにせよ余り変わらないからいっか☆」

ジェネル・「おい、待て!その台詞は聞き捨てならないよっ!!」

ハム猫・「かなり尻切れトンボな話になってしまいましたが、宜しければ貰ってやって下さいませ……っ!!もう、燃やそうが捨てようが溶かそうが…、ご自由にどうぞ。」

ジェネル・「ふふ、こんな奴の表現力じゃ物足りないのは分かり切った答えだけど…、君の素敵な想像力でその穴を埋めてやってくれると嬉しいよ。」

ハム猫・「えぇ、もう如月様の素敵乙女パワーで……っ!!」

ジェネル・「甘さも何もあったもんじゃないけど…、少しでも楽しんでもらえる事を祈ってるよ。じゃあ、また何かあったら気軽に何でも屋においで。君の頼みなら、何でも聞くから。」

ハム猫・「それでは、長々と失礼しました!これからも宜しくお願いいたします!」



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