夜風が少し肌寒い夜、私は家を出た。

就職だ何だと自分の将来の事を考えている内に訳が分からなくなり、気が付けば親に中ってしまっていた。

謝ろうにも自分の気持ちに踏ん切りが付かなくて、家に居辛くて…、頭を冷やそうと思い家を出た。

そして、気が付けばここにいた。

龍神山の、面影龍の桜の根元。

いつも、何か悩みがあるとここに来ていた。

ここに座って、龍神町を見下ろしていると、自分の悩みがちっぽけに思えて来る。

だから今日も…、自然と足がここに向かっていたのだろう。

膝を抱えて夜の龍神町を見下ろす。


そんな時、微かに馬の嘶きの声が聞こえたーーーーー……。










ーーー桜の約束ーーー










「馬、の声……?」
この場所に有り得ない声が聞こえて後ろを振り返る。
その瞬間、絶句した。
一面、淡いような、眩いような光に包まれた中に、真っ白い…いや、そんなものでは無い…、純白の天馬に乗った少年がいた。
正直、自分の目を疑ったし、頬もつねってみた。
しかし、夢でも良いと思えるほどに、その光景は美しかった。
「…………。」
私が絶句して、その少年と天馬を見つめていると、相手もこちらに気付いた。
その瞬間、目が合った。
「お前…、誰だ……?」
天馬から降り、ゆっくりとこちらに向かって来る。
「ここで何をしている?」
その少年の髪は美しい黄金色で、そこから少し角が覗いていた。
「…………っ!!」
近付いて来る少年に対して、私が頭に視線を送っていると、少年も気付いたようだ。
「ん?あぁ、これか……。そう言えば、こっちの世界じゃ角は珍しいんだったっけか?」
そう言って、自分の角を触る。
「……これは…、夢……?」
少年を目の前にして、私の第一声はそれだった。
「あ?大丈夫かお前?」
私の言葉に、少年は怪訝そうな顔をする。
「だって…、角だし…、耳も…、それに、天馬……?」
いけないとは分かっているが、人差し指を少年に向けて、言葉にならない単語を口にした。
「人に指を指すとは失礼な奴だな……。答えろ、お前はここで何をしてるんだ?」
私の行動に怒ったのか、少年は少し不機嫌そうな顔になった。
「ぇっと…、何、してるんだろう……。」
しかし、その少年の問い掛けに、私の口から出た言葉はそれだった。
「……は……?」
私の答えを聞いて、ますます怪訝そうな顔をする。
「ここで…、龍神町を見下ろしてた…のかな……。」
何故か少年の瞳を直視出来ず、少し俯く。
「何で見てたんだ?しかもこんな時間に。」
少年はどんどん痛い所を突いて来た。
「何か…落ち込んだ事があった時には、ここに来て町を見下ろすのが好きだったから……。自分の悩みがちっぽけに思えて…、悩みなんてどうって事無いって思えたから……。」
視線を町に戻して、呟く。
半ば、自分に言い聞かせるように……。
「そうなのか……?で、今日も何かあったのか?」
「ん、まぁ…ね……。あなたこそ、どうしたの?普通に考えて、この世界の人じゃないみたいだけど……。」
すでに、一夜の夢だと思っているのか、落ち着いている自分に気付いた。
先程のパニックが笑えて来る。
「オレ様か?オレ様は…トモダチに会いに来たんだ!」
今までの不機嫌そうな顔とは打って変わって、少年はニコリと笑った。
「友達……?こっちの世界に友達がいるの?」
「あぁ、オレ様の自慢のトモダチだ!」
胸を張って、少年は言った。
「羨ましいな……。」
そんな様子に、クスリと笑う。
「でも…、今日は止めた。」
目の前で、少年はキッパリと言った。
「えっ…、何で……っ!?」
少年があまりにすんなりと言ったものだから、私は驚いた。
「お前、まだ悩みを抱えているんだろう?」
まっすぐに、私の目を捉えて聞いてくる。
「ぇ…、ぅ…うん……。」
その瞳に、嘘を吐けなくて、戸惑いながらも首を縦に振った。
「じゃあ、オレ様がその悩みを消してやる。ここから眺めて駄目なら、もっと上から眺めれば良い!」
す…っと腕を真っ直ぐ上に伸ばし、少年は空を見た。
「……上……?」
少年の視線の先を見る。
そこは満天の星空。
「でも…、どうやって……?」
普通の質問が口を出た。
「御雷丸がいる……!」
私がキョトンと見ていると、少年は後ろにいた天馬を指差した。
「御雷丸……?」
私は、少年の後ろで大人しく立っている天馬を見た。
「御雷丸は天馬だ!行こうと思えば、何処へでも行けるぞ。」
少年はそう言うと、手を差し出した。
「来い!」
力強い目で、真っ直ぐ見つめて来る少年に、自然と手が伸びた。
私の手が重なると、少年はグッと力を込めて私を引っ張り起こした。
「……っわっとと……!」
急に引っ張られた事で少しバランスを崩してしまい、軽くよろける。
「さぁ、御雷丸に乗るぞ!あんまり暴れるなよ、オレ様がいても振り落とされるかもしれないからな!」
そんな私を、少年はしっかりと支えて、その「御雷丸」の下へ行った。





「…………っ。」
見れば見るほど美しい。
私は、御雷丸を見てそう思った。
その白さは、触れる事すら戸惑うほどで…この世の物とは思えなかった。
「何してる?さぁ、早く手を伸ばせ!」
一足先に御雷丸に乗っていた少年が、上から手を伸ばして来た。
「ぁ…、うん……っ。」
少年にせかされて手を出すと、私はフワリと御雷丸の上に乗っていた。
「うわ〜〜〜……っ。」
御雷丸の鬣に触れ、身体に触れ、不思議な感覚が体の中を走り抜ける。
何処までも優しくやわらかく、しかししっかりとした感触だった。
「さぁ、行くぞ……!振り落とされるなよ……っ!!」
私が少しポー…っとしていたら、後ろから少年の元気な声が聞こえて我に返った。
次の瞬間には…、そこはもう空だった。
「ぇっ、え…、えぇ……っ!?」
目を瞬かせるが、夢じゃない。
本当に、飛んでいた。
ついつい、御雷丸の鬣を握る手に力が入る。
「どうだ!町を上から見下ろす感覚は……っ!!」
楽しそうに聞いてくる少年。
「……〜〜〜っ!!」
しかし、私はあまりの恐怖に声を出す事が出来なかった。
ただただ、目を瞑り御雷丸にしがみ付くばかり。
「…………。」
そんな私を見て……。
「人の質問にはちゃんと答えろ!」
そう言いつつ、手綱を握る腕で私の体を支えてくれた。
驚いて目を開き、少年を見る。
すると、ニヤリ、と自信気に笑った。
もう、怖くは無かった。
ゆっくりと視線を下に移すと、そこには沢山の小さな光が瞬いていた。
「これが…、龍神町……。」
自然と口から出る。
「凄い…、こんなの、今まで見た事無かった……っ。」
全てが小さくて…、自分の家も、学校さえも…まるで全てが小さな世界のようだった。
「どうだ、悩みは無くなったか……?」
暫く、一生懸命に龍神町を見下ろしていた私に、少年が問い掛けた。
「え……?ぁ、そう言えば…、何だか凄い事だらけですっかり忘れてた……。」
私は少年を振り向き、少し恥ずかしくて笑った。
「よし!もう大丈夫そうだなっ!!」
少年はニッコリ笑うと、手綱を握る手を軽く振った。
彼の指示を受けて、御雷丸はゆっくりと下降する。
あっという間に、元いた場所に戻った。
「オレ様はお前が何で悩んでたのかは知らんが、一人で抱え込むよりは誰かに話した方が良いと思うぞ。」
御雷丸から降りると、少年は言った。
「それは…、分かってるんだけどね……。今日は、就職の事で悩んでたの。」
「就職?」
聞き慣れない言葉なのか、少年は私の言葉を鸚鵡返しした。
「んっと…、将来、自分がどんな仕事に就くか、って事かな……。」
出来るだけ分かり易く、説明する。
「何だ、そんなの簡単じゃないか。自分の好きな仕事をすれば良い!」
何でも無いと言う様に、少年は言う。
「そうは言っても…、それが結構難しい事なのよ。」
そんな少年の言葉に、私は苦笑して言った。
「そうなのか……?オレ様はもう決まってるから良く分からん。」
少年は、少し不満そうな顔で言った。
「……っそう言えば、私まだあなたの名前聞いてなかったわね?」
ふと、思い出して口にする。
「ん?あぁ、そうか…、オレ様は虎王だ。お前は?」
「私はよ。」
か……。」
虎王は、私の名前を繰り返した。
「お前、その就職とやらはいつになれば結果が出るんだ?」
暫く何か考えるようだった虎王が、急に顔を上げて聞いて来た。
「ぇっと…、ん〜…、就職出来てるか出来てないかなら、一年後には分かると思う、けど……。」
突然な質問に疑問に思いながらも、一応答える。
「一年後だなっ。じゃあ、一年後、オレ様ががちゃんとその就職とやらをしてるかを見に来てやる!」
「えっ……!?」
「御雷丸に乗せてやったんだ、もし就職してなかったら、ぶん殴ってやるからな!悩むのも良いが、そんなのどっかへやっちまえ!とにかく、前へ突き進めっ!!」
軽く腕を振り上げながら、自信満々な顔で虎王が言う。
「見に来るって……っ。そんな事言われても、どうやって……?」
「一年後の今日、この時間にこの場所で待っていろ!オレ様は絶対にお前に会いに来る。この桜の下で…、約束だ!」
そう言うと、虎王はすっと手を差し出して来た。
「虎王……。」
差し出された彼の手を見る。
嬉しかった。
ただただ、初めて会った私のためにここまで言ってくれる彼が嬉しかった。
「…………。」
でも、ここで虎王の手を握ったら、お別れになってしまう。
約束しても、絶対に会えるかは分からない。
虎王が、一年後にここに来れるかなんて分からない。
「……どうした?まだ何か悩んでるのか……?」
俯いた私の顔を、虎王が覗き込んでくる。
「虎王…、これで、お別れなんだよね……?」
ぽつり、と私は聞いた。
「ここで、握手したら、虎王はまた帰っちゃうんでしょ……?それなら、握手はいらない…、虎王を思い出すだけなら、握手はしない……っ。」
私は、虎王から数歩退いてそう言った。
「また来ると言っただろう?何我侭言ってるんだ!オレ様がしてやると言ってるんだ!素直に手を出せっ!!」
虎王はそう言って、私の左手を握った。
「…………っ!?」
暖かく、柔らかい感触。
そこに、今目の前に虎王がいる証拠。
「大丈夫、オレ様は約束は絶対に守るっ!!」
虎王は、私の目を見てニッコリと笑った。
「……っ虎王……!」
気が付けば涙が頬を伝っていた。
堪えようとしても、止め処なく溢れ出る。
「コラ、めそめそするな!オレ様が泣かしたみたいじゃないかっ!!」
少し困ったように、虎王が言う。
「……ゴメンネ、何だろう…、自分でも良く分からないんだけど……。きっと嬉しいんだと思う…、有難う……。」
私は、困った顔の虎王を見て、急いで涙をぬぐった。
私がお礼を言うと、少しだけ、虎王ははにかんだ。
「じゃあ、オレ様はもう帰るな。一年後、忘れるんじゃないぞ!」
そう言うと、虎王はひらりと御雷丸に飛び乗った。
桜吹雪が激しくなる。
「じゃあな、頑張れよ……っ!!」
花びらの舞う音と、葉の擦れる音で虎王の声が遠ざかっていく中、私は一生懸命に彼を見続けた。
「有難う、虎王……っ。私、頑張る!虎王に胸を張って会えるように、頑張るから……っ!!」
去って行く虎王に聞こえるように、精一杯の声で叫ぶ。
最後に少しだけ、虎王が振り返って笑った気がした。
「…………。」
桜吹雪が止むと、辺りは再び静かになった。
そこには何も無い。
面影龍の桜が立派な根をおろしているだけだった。
「虎王……。」
そう呟き、私は左手を見て、握り締めた。
彼に会ったのは事実。
それだけで十分だった。
これから、頑張ろう。
彼に、胸を張れるように。
彼の目を真っ直ぐに見て会えるように。
一つ深呼吸すると、私は龍神山を後にした。



一年後、この場所でーーーーー……。





彼と会う約束を心に刻んでーーーーー……。




















〜〜〜後書き〜〜〜

ハム猫・「歯切れ悪……っ!!しかも無理矢理……っ!!」

虎王・「何か最悪だな。」

ハム猫・「いや…、難産でしたよ……。虎王やり難いよ……。夢の欠片も無いよ……。」

虎王・「最後のはいつもの事だな。」

ハム猫・「グハッ、でも本当、頭の中にあるネタを文字にするのが大変でした。しかも、ネタが就職ネタかよ、みたいな。御雷丸に乗って悩みを〜…、って言うネタを使いたかっただけなんですけどね。」

虎王・「オレ様はワタルに会いに来たんじゃなかったのかっ!?」

ハム猫・「それはキャンセルで。(キッパリ)もともとビックリ企画だったみたいだしね。」

虎王・「せっかく聖龍殿を抜け出して来たのに……。」

ハム猫・「ハイ、そこ、ぶつぶつ言わない!あ、一応この中では虎王もそれなりに成長してる設定ですので。」

虎王・「帰ったらまたドンゴロに怒られる……。」

ハム猫・「あっは、そんなのいつもの事だから気にするな☆まぁ…、行き成りラブにはなりませんが、まずは一年後無事にまた会えると良いですね。」

虎王・「御雷丸に乗せてやったんだから、「就職」とやらくらい簡単にしなけりゃオレ様がただじゃおかないぞ!」

ハム猫・「……と、言っておられます。いやもうホント、これをアップするべきか悩みましたが、取り合えず頭数揃えるために……。今度またネタが思いついたらもーちょいマシなの書きます。」

虎王・「ところで、の両親はどうしてるんだ?」

ハム猫・「…………。えぇーっと、次はですねぇ……。」

虎王・「無視するな。(ガシッ)」

ハム猫・「だ、大丈夫ですよ、きっと。ちょこっと抜け出しただけだから☆帰ったらちゃんと謝っただろうし……。龍神町は(きっと)平和なので少しくらい夜出歩いても……。」

虎王・「何だか今考えた言い訳みたいに聞こえるのはオレ様だけか?……で、オレ様がこう言うのも何だが…オレ様は…また会えたら良いなと、思っている訳だ……。だから、その…まぁ、その時が来たらよろしくな。」



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