「ここが私の帽子屋よ。」
すでに辺りはもう暗くなっていたが、ソフィーは閉まっていた店の鍵を開けて扉を開けてくれた。
彼女の後に付いて入り、その薄暗く静かな空気に息を呑む。
ソフィーが中に入り、ランプの明かりを点けると、柔らかな光が店内を照らした。
店の中には色取り取りの帽子が飾られている。
彼女が後ろで鍵を閉める音を聞きながらも、私はまた別の空間にいるような気分だった。
「…………っ。」
私が大きく口を開けたまま動かないので、ソフィーは心配そうに顔を覗き込んだ。
「……その、どうしたの……?」
そして、少し控えめに聞いて来る。
「……っソフィー凄いよ!凄い凄い……っ!!」
そんなソフィーの手を急に掴み、私は興奮の余り叫んでしまった。
「ぇえ……っ!?」
私の急な反応に驚くソフィー。
「私、帽子屋さんなんて初めて入ったけど、凄いよ!これ、ソフィーが作ってたりするんだよねっ!?凄い可愛いし!綺麗だし!私感動したよーーーっ!!」
それだけ一気に捲くし立てて、ソフィーが絶句している事に気付く。
「……って、その、ごめん……。急に勝手に興奮しちゃって……。」
パッと、今まで掴んでいたソフィーの手を離し、しゅんと俯く。
「……っいえ、良いの。ただ…そんな事言われたの初めてだから……。」
未だに少しテンポが遅れているソフィーは、ゆっくりと呟く。
「ぇ、そうなの?こんなに凄いのに……。」
「でも、都の帽子屋に比べたら……。」
私の言葉に、今度はソフィーが俯く。
「そんな事は関係ないよ!都は都、ここはここ!この帽子屋には、ソフィーのお父さんの代からの気持ちが一杯詰まってるんでしょ!それに、ソフィーが一生懸命作った帽子は、そこらの帽子には負けないよ!私好きだもん!」
意気込んで私がそう言うと、ソフィーは少し微笑んだ。










ーーー世界の約束2ーーー










チリリーーーン……。


私がソフィーと向かい合っていると、後ろでベルの音がした。
(あれ?さっきソフィーが鍵閉めたんじゃ……。)
そう思い後ろを振り返ると、そこには大きな帽子に漆黒の服を纏った女性が立っていた。
その雰囲気はどこと無く嫌な感じがして。
つい、一歩後ろに下がってしまった。
「あの、お店はおしまいなんです。すみません、鍵をかけたつもりだったんですが……。」
そんな私をおいて、ソフィーはその女性に向かって言った。
当の本人は、そんな言葉は耳に入っていないように店内に足を踏み入れ、周りに視線を向ける。
一通り見回してから……。
「安っぽい店、安っぽい帽子。」
気だるそうに、しかし婀娜っぽさを含む声でそう言った。
「な……っ!?」
私は、その言葉に絶句した。
そんな私を無視して、その女性はソフィーに視線を合わす。
「あなたも充分、安っぽいわね。」
その言葉に、とうとう自分の我慢も限界に来た。
「な、何なんですか、あなた!お店はもうおしまいって言ってるのに!勝手に入って来て、そんな好き勝手言ってっ!!」
ズカズカと、その女性に近付こうとする。
しかし、そんな私の肩を、ソフィーがやんわりと押し止めた。
「ソフィー……っ!?」
隣のソフィーを見ると、彼女も我慢をしている表情だ。
私を押し止めて、彼女が前に進んで行く。
「……ここはしがない下町の帽子屋です。どうぞ、お引取り下さい。」
そう言いながら歩いていき、女性の後ろのドアを一杯に開いた。
気丈にも、女性の目を真っ直ぐに見て言い切る。
そんな2人をハラハラと見ていると。
「荒地の魔女に張り合おうなんていい度胸ね。」
その女性はソフィーを見てそう言った。
”荒地の魔女”。
この女性は魔女なのか……っ!?
私がそう思っていると、ドアの向こうで何かが蠢いた。
「ソフィー!後ろ!」
そう叫ぶと同時に、ソフィーがドアから離れ後ずさる。
それは、今日見た黒い人型に似ていた。
ゴムのように、ズルリと動き、ドアを塞いでいる。
「「…………っ!?」」
ソフィーと2人、荒地の魔女と距離を置き恐怖に竦んでいると、荒地の魔女はゆるりと腕を広げた。
その瞬間に、急に魔女はこちらへと滑るように進んできた。
「…………っ!!」
急な事に驚いて、咄嗟に避けようと横へと飛ぶ。
しかし、ソフィーは前で顔をかばってしゃがみ込んでしまった。
「ソフィ……ッ。」
そう叫びかけて声が止まった。
荒地の魔女が、ソフィーをすり抜けたのだ。
ソフィーは床にしゃがみ込んだままだ。
「……そ、ソフィーに何をしたの……っ!?」
私は、咄嗟に荒地の魔女に詰め寄った。
落ち着いて立っていた魔女は、私をつと見ると少し目を細めた。
「あら…、私の魔法から逃げるなんて…いい度胸じゃない……。」
そう言うと、スッと手を上げる。
「…………っ!?」
その行動に、また数歩下がり距離を置いた。
「……へぇ…、あなた、変わってるわね。私も外の人間は初めて見たわ。ま、あなたには余計な事を喋られても困るし……。」
それだけ言うと、真っ直ぐに立てていた人差し指をこちらへスイッと動かした。
「…………!」
何をされるのかと思ったが、自分で感じられる事は何も起こらない。
さっきのですでに何か魔法をかけられたのだろうか。
「まぁ、あまりお喋りにならない方が良いいわよ。あっちのお嬢さんの呪いも人には話せないからね。」
上げていた腕を静かに下ろすと、荒地の魔女は楽しそうにそう言って、扉へと向かう。
「じゃあ、ハウルによろしくね。」
扉の前でフ、と笑ってそう言うと、荒地の魔女は颯爽と店を出て行ってしまった。
「……っ何が……。」
今まで緊張していた糸が切れて、止めていた息を吐き出す。
「そうだ、ソフィーは……っ。」
そう思い立って、未だにしゃがみ込んでいるソフィーの元へと向かう。
駆け寄ってすぐに、その変化に気が付いた。
「……ぇ、ソフィー……?」
自分でも、目の前の事に頭が付いて行かずに、声が裏返る。
その声に気が付いたのか、ソフィーがゆっくりと顔を上げた。
「アア……。」
しわがれた声。
ゆっくりとした動作。
そして、何よりもその事実を物語る、皺だらけになった手。
その全てを確認して、初めてソフィーは唖然とした。
自分の顔を触り、間違えようの無い事実に混乱し、鏡の前へ向かう。
「……ほんとに私なの……。落ち着かなきゃ……。」
すでに私の存在を忘れているように、部屋の中を動き回る。
奥へ向かい、また鏡の前へ帰ってきて、鏡に映る自分を見て絶句する。
「…………っ!!落ち着かなきゃっ。」
そう言って、今度は中庭の方へ歩き出す。
そしてまた戻って来る。
それを何度も繰り返しながら、ぶつぶつと言葉を呟いている。
「慌てるとロクなことは無いよ、ソフィー。なんでもない、なんでもない……。落ち着かなきゃ……。」
いつまでもそう言っているソフィーに、私は思い切って話しかけた。
「ソフィー!しっかりして!」
ソフィーの肩をしっかりとつかみ、瞳を覗き込んで話しかける。
「……え……?」
一瞬、本当に私の事なんか忘れてしまったのではないかと思うくらいに、気の抜けた声を出した。
「…………っ。え、何で…が……っ。」
そして、つっかえつっかえ、言葉を紡ぐ。
「とにかく、落ち着いて、ソフィー。ソフィーはきっと、さっきの荒地の魔女に呪いをかけられたんだよ。」
ゆっくりと、言葉を選ぶようにソフィーに言う。
「……呪い……。」
そう呟いて、ソフィーはつと視線を下げた。
「私はギリギリのところで避けられたみたいだけど…、何か別の呪いをかけられたかもしれない。ねぇ、ソフィー。これからどうしよう……?一番大変なソフィーにこんな事聞くのって駄目なのかもしれないけど、私には頼れる人はソフィーしかいないの……。」
自分でも情けないかとは思うが、しかし、本当にどうすれば良いのか分からない。
どう考えても現実では有り得ないような事が起こっている今に、自分でも泣きたくなってくる。
「…………。」
暫く黙っていたソフィーは、ゆっくりと顔を上げた。
「……兎に角、今は私の部屋に行きましょう。」
そして、少し震えた声でそう言った。










チュン…チュン……

窓から、暖かい日の光が差し込む。
「……ん……。」
私は、軽く身じろぎした。
何だか体が痛い。
どこか遠くから、人の話し声がする。
……ここって何処だったっけ……?


トン、トン、トン


「…………っ!?」
急に響いたその音に、私はビックリして飛び起きた。
「ソフィー?」
それと同時に、明るい女の人の声が呼びかける。
「……ぁ……っ。」
そうだ、今私がいる部屋はソフィーの部屋。
昨日、これからどうしようかと話してる内に眠ってしまったようだ。
ベッドに寄りかかる姿勢で座り、中途半端に眠ったせいで体が痛んだようだ。
「開けないで、すごい風邪なのっ。うつっちゃ大変よ!」
ベッドで毛布に包まって座っていたソフィーは、しゃがれた声でそう言った。
「ひどい声ねぇ。90歳のおばあちゃんみたい……。」
どうやら、扉の向こうにいるのはソフィーのお母さんのようだ。
おばあちゃんも何も、本当におばあちゃんになっているなんて想像もしてないだろう。
「今日は一日寝てるわ。」
「そお?じゃあね……。」
そう言うと、女の人の足音は遠ざかって行った。
「……ソフィー、大丈夫?私、寝ちゃってたみたいだけど……。」
ベッドからゆっくりと降りようとしているソフィーの傍へ駆け寄り、支える。
「有難う、大丈夫よ……。」
流石におばあちゃんの体では思う通りに動かせないらしく、ヨタヨタと歩いている。
鏡の前まで来ると、皺だらけになってしまった自分の顔を見つめた。
「大丈夫よ、おばあちゃん。あなた元気そうだし。服も前より似合ってるわ。」
鏡の中の自分に向かって呟いた言葉。
きっとソフィーは自分なりにしっかりしなければ、と思っているのだろう。
「…………。」
こんな時、自分がもう少しでもしっかりと、頼りになれる存在ならば、と思う。
「ソフィー、ごめんね、迷惑ばかりかけて……。」
小さな声でポツリと呟くと、ソフィーはゆっくりとこちらを振り返り、少し、微笑んだ。
「大丈夫よ、何とかなるわ。……でも……。」
そう言って、扉の方を見つめる。
階下から、女の人の笑い声、話し声が聞こえて来た。
「ここにはいられないわね。」
そう言った。
「……え……。」
そして、ソフィーは鏡の前から移動して、洋服棚を漁り始めた。
はその格好だと目立つから…、私のお古で悪いんだけど、この服に着替えてくれるかしら?」
そう言って出したのは、今ソフィーが着ているのと同じような青い服。
「……っえ、き、着れる、かな……?」
私は服を受け取りつつ、ソフィーが決心した事を薄々と感じ取り、指が震えた。
「……ねぇ、良いの、ソフィー?ソフィーは…この家を出て行く気、だよね……?」
自分の家、家族、今までの全てを捨てる事を決心したのだ。
「……しょうがないわ。こんなおばあちゃんになってしまった私を見ても、お母さんもびっくりするだろうし……。」
そう言って、一旦言葉を切る。
「それに、迷惑はかけられないもの。」
そして、ソフィーは苦笑した。
その言葉に、私は持っていた服をキュッと握り締める。
「さぁさ、早く着替えて頂戴!出て行く準備を手伝ってもらわなきゃいけないから。」
口にすべき言葉が見つからない私を、ソフィーは元気付けるように急かした。
私は、言葉が出ない分、大きく頭を振って服を着替え始めた。


ソフィーにばっかり頼ってちゃ駄目だ!ソフィーも私も一緒なんだから!

辛いのは自分だけじゃない。行く当ても無いのは自分だけじゃ無いんだ。





着替えた後に、店の人達の目を盗んで台所へ行き、暫くの分のパンとチーズを風呂敷に包む。
私は別に、自分の服を包んだ風呂敷を持っていた。
「こんなに持って行っちゃってばれないかな……?」
2人分ということで結構な量を大胆に詰めるソフィーを見ながら、少し気になり声をかける。
「ばれたって気にする事ないわよ。その時はもう、私達はいなくなってるんだし。」
その、開き直ったともとれる言葉に、ソフィーは強いなぁ、と思う。
「さて、これくらいで良いかしらね……。」
そう言うと、ソフィーと一緒に裏口へと回った。


慎重に扉の隙間から窺い、路地へ出る。
通りで話してる人の言葉に耳を傾けながら鉄道橋を渡ろうとすると、ちょうど列車が来て煙に包まれた。
「「ゲホッ、ゲホッ。」」
2人で咳き込んでいると親切な青年がソフィーに声をかけてきたが、ソフィーはそれにやんわりと言葉を返した。
(……なんだかすでにおばあちゃんに慣れちゃってるみたい……。)
そう思いながらも、ただソフィーの後ろを付いて行った。





それからまた歩き、荷馬車に乗せてもらい、山の麓まで来た。
どうやら、私はソフィーの孫という風に見られているようだ。
まぁ、パッと見はそう見えるかもしれない……。
色んな人に上手く話を付けるソフィーに何だか感心しながらも、この山を登るのかと思うと不安が増してくる。
「ソフィー、この山を登るの……?」
「そうだよ。さ、日が暮れる前に出来るだけ登っちゃうからね!」

そう言って、張り切って登り始めたのは良いものの……。
「「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。」」
片や、老人の体で山登りという重労働に息を切らし、片や、山登りという事に殆ど慣れて無いせいと運動不足から息を切らせている。
「……ちょっと…、休憩しましょうか……。」
情けないとは思いつつも、このソフィーの提案に私はホッと安堵した。



山の傾斜に腰を下ろし、頂いてきたパンに、チーズを乗せてかぶり付く。
疲れている上に、久しぶりな食事だったので、とても美味しく感じられた。
「あーーー、まだいくらも来てないわね。」
”歯だけは前のまんまで良かったわ”と言いながらパンをかじるソフィー。
山の麓を見ると、ソフィーの言う通り、街がまだ近くに見える。
「結構歩いたと思ったのに……。」
そう言って、最後の一口を放り込むと、ふと視界に近くの茂みが映った。
何故か、不自然なほどに長い木の棒が突き出ている。
「…………。…………!」
暫くそれを見つめてから、ソフィーの杖に丁度良いかと思い、立ち上がった。
「あら、どうしたの、?」
私の急な行動に、驚いて声を上げるソフィー。
「うん、この棒がソフィーの杖に丁度良いかなー、と思って!」
そう言って、茂みから斜めに突き出ている棒を掴み、力一杯引っ張る。
しかし、何故かちょっと動くだけで一向に抜ける気はしない。
「あれ……?どうやって刺さってるんだ……?」
そう思いながらも、押して駄目なら引いてみな、の逆と言う訳ではないが、下へ押してみる事にした。
「うぅーーーん!」
一生懸命力を込めるが、少しずつしか動かない。
折れそうにも思うが、それでも折れない所を見るとかなり丈夫な木なのだろう。
「大丈夫?私も手伝うわ。」
そう言って、後ろからヨタヨタとしんどそうに歩いて来たソフィーが、手を添える。
「あ、ごめんね、ソフィー。じゃあ、いっせいので、押してみようね。」
そして、「いっせいのーでっ」と言う掛け声と共に、2人で力を込めた。
その途端ーーーーー……。



ミシミシ……
バサアァァーーーッ!!



その棒が茂みから出たと思ったら、その棒の先には、カブの頭が付いていた。
”カカシ”のようだ。
「……え、か、カカシ……?」
ビックリしてつい、棒に添えていた手を離す。
ソフィーも同じく。
つまりは、今棒を支える物は何も無いはずなのに……。
「……何で…、倒れないの……?」
ユラユラと揺れてはいるが、しっかりと棒は地面を支えている。
「カカシか…魔女の手下かと思ったよ。」
ソフィーはと言うと、悪いものでは無さそうな事にホッと胸を撫で下ろしている。
私が、カカシの愛嬌があるような、表情が読めないようなカブ頭をじっと見据えていると、ソフィーはくるりと向きを変えた。
「……頭がカブね……。私、小さい頃からカブは嫌いなの。逆さになってるよりましでしょ。元気でね。」
そう言うと、ヨタヨタと歩き出して行く。
「……えっ、ソフィーっ!?……ぁ、その、じゃあ、元気でね!」
先を進んでいくソフィーを振り返りながら、最後に一言カブ頭に声をかけてソフィーの後を追った。





それから、暫く歩き続け……。
「う〜〜〜、寒いね……。」
だんだんと山の傾斜も激しくなり、気候も変わってきた。
風が強くなり、一歩登るのも一苦労だ。
「まだ町があんな所にある。」
そう言って後ろを振り返ったソフィーの後を追って、自分も視線を向ける。
と、その目に入ってきた物は……。
「そ、ソフィー!あれって……っ!!」
スッと指を差した先には、見覚えのあるものが。
ぴょんぴょんと、上手く山の岩場を跳ねて登ってくるのは、さっき助けた(?)カブ頭のカカシ。
2人であんぐりと口を開けてしまったが、フと我に返り、ソフィーが叫ぶ。
「付いて来るんじゃないよ!恩返しなんかしなくて良いからっ!!」
その声に、カカシはひょいと止まる。
「あんたも魔法かなんかだろう!魔法とか呪いとか、もう沢山っ!!どこか好きなところに立ってなさい!」
吹っ切れたようで、やはりまだ心に重くのしかかっていた物を思い出してしまったのか、ソフィーは大声でそう叫ぶとさっさと歩き出した。
「ぁ、ソフィー!」
私は、どうしようかと一瞬迷ったが、カカシに向かってペコリとお辞儀をすると、ソフィーの後を追って急いで山を登った。


しかし……。
あれからも、例のカカシはぴょんぴょんと私達の後を付いて来ている。
一体何がしたいんだろうかと思いながらも、時々後ろを振り返って見る。
未だに、カカシのカブ頭は何を考えてるのか分からない表情だ。
後ろを付いて来るカカシを無視するように一生懸命に歩いていたソフィーだったが、流石にこの風と寒さに限界も近そうだ。
完璧に息が切れている。
(本当に…なにか支える物があれば楽なのにな……。)
ソフィーの腕を軽く支えながらそう思っていると……。



トン



真横で不意に音がした。
そこを見ると、鳥の頭をかたどった手持が付いた杖。
上を見上げると、そこにはカブ頭のカカシが立っていた。
「……え……?これ…、くれるの……?」
そう言うと、カブ頭はツイと笑った気がした。
カカシを見上げていたソフィーは、ゆっくりとその杖を掴む。
ソフィーの身長に丁度良い長さのようだ。
「これはぴったりの杖だね、ありがとうさん。ついでに今夜泊まる家を連れて来てくれると良いんだけどねェ。」
カカシを見上げ、ソフィーがそう言うと、暫くユラユラと揺れたカカシは、何を思ったのか急に山を下りだした。
そんなカカシを、杖を振って見送ってから、ソフィーは私を見て呟いた。
「歳をとると悪知恵がつくみたい……。」
「は、ハハ……。」
本当に、ソフィーは強い。
こんな山の上に泊まれる家なんかがあるか知れない上、”連れて来い”とは……。
すでにおばあちゃんな自分に順応しているというか……。
最大限に利用しているような気もする。
「さ、こんな所で止まってる余裕は無いわ。先に進んじゃいましょう!」
そう言って、カカシにもらった杖を手に、山道を登っていくソフィー。
「うん!」
私も、その後ろを付いて行った。





そろそろ本格的に辺りが暗くなってきて、下に広がる町にも灯りが点ってきた頃。
「あれ……?何の音だろう……。」
何処までも続きそうな山道を登っていると、何処からか風の音とは違う、機械的な音が聞こえてきた。
それは段々と近付いて来て……。


ゴオオォォォ……


「うわっ。」
大きな雲が大量に並ぶ空を飛んで来たのは、大きな飛行船。
キラキラと機体が輝いている。
「大きいーーー……。」
そう言えば、ソフィーの家を出る時に、男の人が戦争がどうのと話をしていた。
(あれは本当だったんだ……。)
こんなに近くで飛行船など見た事も無かった。
これが、あの町を火の海にしたりするのだろうか……。
「大きな軍艦……。」
私がぼんやりとそんな事を考えていると、ソフィーもポツリと呟いた。
それと同時に、激しい突風がソフィーをよろめかす。
「うぅっ、年寄りがこんなに身体が動かないなんて思わなかった……。」
そう言いながらも、頑張って進もうとするソフィーを急いで支える。
「大丈夫、ソフィー?少し休もうか?」
進もうとしても、この突風にまともに前に進ずにへたり込むソフィー。
「大丈夫よ…、ありがとう……。」
そうは言うものの、もう顔中に疲労が表れていた。
そんなソフィーに、私も横に座り込み、少しの間だけ休憩をしようと思っていると。
「…………!煙のにおいがする。」
急に、ソフィーは顔を上げた。
「え?煙……?」
私は、この突風の中ににおいを感じる事は出来なかったけれど。
「山小屋でもあるのかしら。」
その考えに元気付けられたのか、ソフィーが再び立ち上がり、山を登り始めた。
「……って、ちょっ、大丈夫なの、ソフィーっ!?」
一心に登っていくソフィーを追いかけて、山肌を登っていくと、だんだんと先程の飛行船とは違う、不気味な音が聞こえてきた。
「……え…、何、この音……?」
ソフィーもその音を聞いていたのか、少し先で止まっていた彼女に駆け寄る。
「……ねぇ…、これって…何の音だと、思う……?」
ガシャガシャと言うか、ギリギリと言うか、言葉では言い表せないような音がどんどんと近付いて来る。
しかも、その音は空を飛んでいる物ではなく、明らかに地面を歩く物。
即ち、この山を向こう側から登って来ている訳で……。



「……え……?」



ソフィーと2人、身を寄せて何が来るのかと構えていると、見えて来たのはガラクタの山。
……の、ような物。
「何、あれ……。」
つい、そう呟いてしまうような。
むしろ、そう呟くしかないような物体。
だんだんと姿を現してくるそれは、まるで四足の生えた家…のお化けのような……。
窓があり、屋根があり、煙突のような物もあり…しかし、何処をどう見ても家には見えない。
ただただポカンと口を開けて見ていると、その謎の物体が歩いている下から、またも見覚えのあるあのカカシが現れた。
「……え、まさか……。本当に……っ。」
家を連れて来ちゃったの……っ!?
不可能だと思っていた事をやってのけてしまったカカシは、どんどんとこちらへやって来る。
私達の傍まで来ると、まるで褒めてくれと得意気な様子で回りをぴょんぴょんと跳ねた。
何週か回って、ソフィーの横にぴたりと止まると、途端、ソフィーは口を開いた。
「カブ頭、あれハウルの城じゃないっ!?」
そして、その城を見る。
「あんた、家を連れて来いって言ったけど、まさか……。」
そう言うと、その”ハウルの城”とやらは、丁度私達の前で止まった。
あちこちから水蒸気を出して、縮まったりしている。
「……って言うか、これで城なの……っ!?」
ついつい、先程ソフィーの口から出てきた言葉が信じられず、その”ハウルの城”だと言われる物を指差して叫んでしまった。
その瞬間。


ブシューーーーッ


まるで私の言葉に怒ったかのように、止まっていたハウルの城は、また蒸気を出して動き出してしまった。
「……えっ、あ……!」
私達を置いてどんどんと進んで行ってしまうハウルの城。
どうするべきかとただ立ち止まっている私達の横を、カカシが城を追いかけて跳ねて行く。
それを見ていると、城の後ろ側に扉が見えた。
カカシも、その隣でこちらを向いて跳ねている。
「ねぇ…、ソフィー。あれが入り口みたいだけど……。」
そう言って、ソフィーに視線を向ける。
その視線に「入る?」と言う意味合いを込めて。
「…………。」
ソフィーは、その視線を受けると、意味が通じたのかコクリと頷いた。
そして、その瞬間に私達は走り出した。
とは言っても、ソフィーはあまり速く走れないので、早歩きのような感じだが。
「ハァ、ハァ……。ちょっと待ちなさい、ハァ…ハァ……ッ。」
ソフィーも、息を切らしながら頑張って扉に向かって走っている。
「もうちょっとだよ、ソフィー!」
一足先に手摺に捕まり、出入り口場所に飛び乗っていた私は、腕を伸ばしてソフィーを呼んだ。
ソフィーも一生懸命に腕を伸ばして、手と手は繋いだが、中々引き寄せられない。
「……っ乗せるの乗せないの、どっちかにしてっ!!」
中々に乗れない事に苛立って、そうソフィーが叫んだ途端。
「キャッ!!」
ハウルの城の出入り口がガクリと揺れて、ソフィーをすくい上げた。
「おっと……っ。」
すくい上げられたソフィーを支える。
「あ、肩掛けが……。」
その時、ソフィーの赤紫色の肩掛けが無い事に気付いた。
「さっきの揺れで飛んで行っちゃったのかな……。」
そう言いつつ、向こうの方を見ると、カカシが肩掛けを追いかけて行くのが見えた。
「あれれ…、取りにに行ってくれてるみたい……。本当に親切なカカシさんだね。」
カカシを見送りながらそう呟くと、後ろでソフィーが扉を開けていた。
ソ…ッと中を窺っている。
私も一緒になって、扉の隙間から顔を覘かせる。
見た所、かなり汚そうな印象を受けたが、暖かそうな火の点いた暖炉が見えた。
一旦、身を引き扉から離れる。
「……ソフィー、どうなるかは分からないけど…入ってみる……?」
少し戸惑いを含めながらもソフィーに問い掛ける。
「今でも充分悪い状況だわ。……中に入って温まらせてもらうだけなら、良いでしょ……。」
ソフィーは、少し考えてそう答えた。
その言葉に、頷く。
と、前を見ると先程のカカシが、ソフィーの肩掛けを持って、城を追いかけ跳んで来ているのが見えた。
「あ、有難う!取って来てくれたんだね!」
腕を伸ばして、その肩掛けを受け取ると、お礼を言う。
「カブ、中は暖かそうだから兎に角入らせてもらうわ。ありがと。いくらハウルでも、こんなおばあちゃんの心臓は食べないでしょう。」
そう言って、扉に手をかける。
「今度こそさよなら。あんたはカブだけど、良いカブだったよ。幸せにね。」
最後にそう言うと、ソフィーは扉を開き、中に入って行った。
私もその後を追う。


パタン


後ろ手に閉められた扉が、静かな室内に音を立てた。
目の前には数段の階段があるが、そこから覘く限りでは、天井も台所も机の上も、どこも汚れて汚かった。
(これじゃあ、”城”とは呼べないけどなぁ……。)
やはり、持つ感想は同じだったが、今は温まれる暖炉があるだけでも有難い。
ソフィーと一緒にゆっくり階段を上がると、丁度暖炉の前に椅子があった。
「ソフィー、丁度良いや、座りなよ。」
そう言って椅子を引くと、ソフィーはゆっくりと座り込んだ。
「フーーーッ。」
今までの疲れを一気に吐き出すように大きく息を吐くソフィー。
しかし、その姿は暖かい火を前にして少なからず安心した様子だった。
私が、勝手とは思ったけれど、机の方にある椅子を運んで来ている内に、ソフィーは暖炉に薪をくべていた。
暖炉の火はすでに殆ど燃え尽きており、白い灰が山積みな状態だったからだ。
コトン、と持って来た椅子を床に下ろし、自分も座る。
手を火へとかざし、温もりを求める。
「……なんだろうねェ、ただのボロ屋にしか見えないけど……。」
ふと、ソフィーが呟く。
「本当だよね…、これって本当に、その”ハウルの城”なの……?それに、心臓を食べる、とかって……。」
こちらでは、その話は有名なんだろうか?
しかし、違う世界から来たには、見た事も聞いた事も無い話だった。
「私も詳しくは知らないけど…、そういう話は良く聞くね……。ま、こうなったら何が起こっても驚かないよ。歳をとって良い事は、驚かなくなる事ね……。」
今までの疲れからか、すでに眠そうなソフィーは、半眼になりながら言った。
もう意識が持たないのか、言葉も良く聞き取れない。
「フーーー……。」
ゆっくりと、寝息のようなものが聞こえる。
「……ソフィー、疲れたんだな……。」
すでに寝入ってしまったらしいソフィーを見て、足元に落ちていた風呂敷包みを拾う。
自分も疲れてはいたが、まだ眠くはなかったので、手を擦り合わせながら暖炉の火をぼんやりと見つめていた。



するとーーーーー……。

「こんがらがった呪いだね。」

何処からともなく聞こえてきた声。
「……え……っ!?」
「……ンッ!?」
その声に、浅い眠りだったのか、ソフィーも起き上がる。
しかし、見渡してもどこにも人はいない。
立ち上がって、目を凝らしても、どの家具の陰にも人影らしき物は見えなかった。
「違う違う、こっちだよ。」
今度は、先程の声が後ろで聞こえた。
バッと振り向くと、そこは暖炉。
ソフィーが、暖炉で赤々と燃える火をじっと見つめていた。
「……え……っ。」
その火を良く見ると……。
「その呪いは簡単には解けないよ。」
目があり、口があり、手があり……。
「「……火が喋ったっ!?」」
私は、ソフィーと同時に叫んでしまった。
「おまけに人には喋れなくしてあるしね。」
そんな私達を前に、平然と喋り続ける火。
「あんたがハウル?」
ソフィーは、身を乗り出すと、その火に聞いた。
「違うね、オイラは火の悪魔カルシファーって言うんだ。」
火の割にはコロコロと表情を変えながら喋る。
「じゃあ、カルシファー。あんた、私達にかけられた呪いを解けるの?」
さらに身を乗り出して、ソフィーは聞く。
その問いに、私もつい、力が入ってしまう。
「簡単さ、オイラをここに縛り付けている呪いをあんた達が解いてくれれば、すぐにあんた達の呪いも解いてやるよ。」
自信あり気に、炎を大きくしながら喋るが、内容が内容だ。
「それじゃあ、あなたの条件を先に満たさなきゃいけないんじゃない。普通の人間の私達に呪いが解けるわけが……。」
少しの希望が一瞬で途絶えて、がっかりとした気分になる。
「悪魔と取り引きをするってわけね。あんた、それ約束出来るの?」
同じように信じられないのだろう、ソフィーがカルシファーに問う。
「悪魔は約束はしないのさ。」
その問いに、カルシファーはフン、と笑うように言った。
「他をあたるのね。」
ソフィーは、そんなカルシファーに素っ気無く返した。
しかし、その言葉を聞いてカルシファーは慌てだした。
「オイラ、可哀相な悪魔なんだっ。契約に縛られて、ここでハウルにこき使われてるんだ!」
一生懸命に訴えて来る。
「……それって本当なの……?」
悪魔の言葉を信じて良いものか…、少し冷めた目で見る。
「この城だって、オイラが動かしてるんだぜ!」
「へぇーーー。」
「そォお、大変なのねーーー。」
凄いとは思うが、相手が相手だ、本当の事だとは確信出来ない。
ソフィーは、拍子抜けしてしまったのか、また眠くなってきたようだ。
「ハウルとオイラの契約の秘密を見破ってくれたら呪いは解けるんだ!そしたら、あんた達の呪いも解いてやるよ!」
懸命に捲し立てるが、すでにソフィーはこくりこくりと夢心地である。
「分かったわ…取り引き…、ね……。」
それだけ最後に言うと、完全に眠ってしまった。
「バアちゃん、バアちゃん!」
カルシファーが何度呼んでも、今度は起きない。
「チェ…、大丈夫かなぁ……。」
ソフィーに向かって大きく身を乗り出していたのを暖炉に戻り、カルシファーは心配そうに呟いた。
「今日はずっと歩き通しだったから疲れたのよ。眠らせてあげて……。」
私は、椅子に座りなおしながら言った。
「……ったく、人ん家に勝手に入って来といて……っ。ハウルに何言われても知らないからな……!」
いじける様に、吐き捨てる。
「……っそうだ、そのハウルって人、どんな人なの?私、何も知らないんだけど……。」
丁度良いと思い、私は椅子を引っ張ってカルシファーに問い掛けた。
「嬢ちゃん、ハウルを知らないのかい?」
私の言葉を聞いたカルシファーは、ジトッとした目で私を見た。
その視線に、つい、身を引いてしまう。
「…………っ!?何だ、嬢ちゃんこっちの世界の人間じゃないのか!」
暫く見詰めた後、カルシファーは驚いたように言った。
「……え……っ!?……その…、分かるの……?」
「当たり前さ!悪魔を舐めてもらっちゃ困るね!はぁ〜ん、何だかおかしいと思った訳だ。」
まさか、言い当てられるとは思ってもみなかったので、素直に驚いた。
……ソフィーが眠ってくれているのが、まだ救いだが。
「ねぇ…、そのハウルって言う人も魔法使いなの?その人なら、元の世界に帰してもらえるかなっ?」
ソフィーが寝ているので、声は落としてはいるが、少し興奮気味にカルシファーに問う。
「……さぁねェ…、オイラだって外の人間を見たのは初めてだし…ハウルでも出来るのかどうかはオイラには分からない。」
器用に炎の腕を組んで、カルシファーは言った。
「……そっか……。」
その返答に、しゅん、と項垂れる。
「……でも、もしもオイラの呪いを解いてくれるってんなら、嬢ちゃんが元の世界に帰るために、オイラの力を貸してやっても良いぜ?」
暫く、炎の爆ぜるパチパチとした音を室内に響かせてから、カルシファーは言い出した。
「……えっ、本当……っ!?」
「悪魔は約束はしない。さっきそう言ったろ?……でも、この言葉を信じるかどうかは、嬢ちゃんしだいだ。」
嬉しさに身を乗り出すと、カルシファーはきっぱりと言ってきた。
「……でも、私魔法なんか使えないよ……。」
その言葉に、ゆっくりと椅子に座りなおしながら、呟いた。
「別に魔法は関係無い。契約の秘密を見破れば良いだけなんだからな。嬢ちゃんでも出来る。」
そんな私に、カルシファーはにやりと笑って言った。
「……本当……?」
「あぁ、本当だ。」
ちらり、と視線を向けると、はっきりと目と目が合った。
「…………。」
暫く、自分の手を見つめて考えてから。
「……分かった。じゃあ、私はカルシファーの契約の秘密を探す。約束は出来ないけど、信じる。私はカルシファーを信じるよ。だから…、カルシファーも私を信じて。ね……?」
私は、ゆっくりと言葉を捜すように、区切りながら言った。
「……分かったよ、嬢ちゃんを信じる。」
「嬢ちゃんじゃなくて、、よ。。」
しょうがない、と言わんばかりな表情で、カルシファーは言った。
そんなカルシファーに自己紹介をする。
「……分かった、……。」
やれやれ、と暫くくすぶった後に、カルシファーは私の名前を呼んだ。



ここに、私とカルシファーの契約が生まれた。

















〜〜〜後書き〜〜〜

ハム猫・「やっはー、はっきり言って無駄に長すぎますなハウル連載夢第2話ですーーー。」

ハウル・「全く…僕が全然出てないじゃないか……。」

ハム猫・「いやだって、しょうがないですよ、話の進行上。」

ハウル・「次回からは出るんだろうね?」

ハム猫・「そりゃもう、バッチリ☆次回からキリ良くハウルを出したいがためにこんなに長くなったんだから。はっきり言って、今まで書いた一本の中で一番長いよ。」

ハウル・「……それなら良いけど……。君はもう少し上手い省き方を身に付けた方が良いね。」

ハム猫・「それは自分でも思います……。台詞とか中々省けないんですよねーーー。」

ハウル・「どうでも良い所とかも省けないんだよね?」

ハム猫・「笑顔が怖いですけど、その通りです。」

ハウル・「はぁ…、これからまだまだ先が長いって言うのに…このまま行ったら何話になる事やら……。」

ハム猫・「まぁ、先の事を心配してもしょうがないしさ☆今はただ次回の心配をしておきましょうよ……。」

ハウル・「目が真剣だね。」

ハム猫・「そりゃもう。すでにヒロインさんの人格が変わってきてる気がしますが、お気になさらず。環境に慣れやすいと言う事で。」

ハウル・「……相変わらずの、こじ付けだね……。……まぁ、次回からは僕も出るみたいだから、もう少しはまともな話が書けると思うし、良ければまた見に来てやってくれないかな?君に会えるのを楽しみにしてるよ。」



戻る