それは、桜舞う四月のことーーーーー……。

桜の花びらが舞い散る中、我と主は出会ったーーーーー……。










「救い」










初めて見たのは…、部活中だったーーーーー。
誰が打ったのか、一つのボールが校舎裏の方へ向かった。
ちょうど近くで練習をしていたので、我はそのボールを取りに行った。
先に説明しておくと、校舎裏には一本の大きな桜の木がある。
なぜここに一本だけ離れて植えられたのかは分からないが……。
ちょうどボールを取りに行った時に、その木が見えた。
いつもなら気にも止めず、すぐに踵を返しているのだが、その時は違った。
木にもたれかかるようにして座り、一人の少女が泣いていた。
目をつぶってぴくりとも動かない姿は人形のようにも見えた。
しかし、ハラハラと舞い散る桜の花びらのように、少女の閉じた瞳からは確かに涙が流れていた。





「…………。」
少し、気になった。
まるで、その桜の木と少女がどこかの絵から抜け出てきたような感じがした。



何故、主は泣くーーーーー?



心の中に浮かんだ疑問。
その瞬間、自らその疑問を押し殺した。

今は部活中だーーーーー。

見ず知らずの我が勝手に彼女の心に踏み込んで良いはずが無い。

その時は…、ボールを掴んでいる手に力をいれ、その場を走り去った。






「女の子が桜の木の下で泣いていた……?」
後日、やはり気になったので、昨日の事を牛尾に話した。
「どうしたんだろうね……。何か辛いことでもあったのかな……。」
牛尾もやはり気になるらしい。
我自身、昨日あの少女を見てから、どうも落ち着かなかった。
忘れようとしても、昨日抱いた疑問は消えるどころか大きくなるばかりだ。






カキーーーーー……ン



今日もまた、部活の時間になった。
今日も…、あの少女は泣いているのだろうか……?
気になって、休憩時間に校舎裏へ向かった。


壁に少し手を着いて、木の方をのぞく……。
「…………。」
やはり、今日もいた。
昨日とまったく同じように、少女は泣いていた。





ズキ…ンーーーーー。


心が痛んだ……。



何が一体、主をそんなに悲しませる……?
毎日…毎日泣く程主の心は傷付いているのか……?

見ていて、こちらも心が痛くなって、踵を返した。
校庭に戻ろうとした時……。


「やぁ、蛇神君……。」
牛尾がいた。
「今日も…、いたのかい……?」
聞かれて、無言でコクリとうなずく。
「そんなに気になるんなら、本人に理由を聞いてみなよ。」
「我は…、他人だ……。彼女の心に急に入り込んでも警戒されるだけ也……。」
我自身が少女を傷付けてしまうかもしれない……。
「話を聞いてもらうだけでも、楽になるってこともあるんだよ……。」
そう言って、牛尾は肩をポン、とたたいた。





次の日も…、また次の日も…、少女は同じ木の下で涙を流していた……。



今ではもう、少女を見る我自身、どこかおかしくなってきている気がする。
木にもたれかかり泣く姿を見ていて、切なく…、そして愛しく感じる……。


少女の瞳の色はどのような色だろう……?
少女の声は、どのような言葉を紡ぐのだろう……?


そんな思いが、心を占めるようになった。






その日も、いつもと同じように、踵を返して部活に戻るはずだった。


はずだったーーーーー。



しかし…、気が付いたら、あの少女の目の前に立っていた。
そしてーーーーー……


「何故…、主は泣くーーーーー……。」
その言葉を口に出していた。


「……え……っ!?」
その途端、少女は大きく目を見開いた。
初めて見た少女の瞳ーーーーー。
きれいな…、深い茶色だった……。


「え……っ!?あの…、すみません……。どなた…でしょうか……?」
少女は混乱しているようだが、とても丁寧な口調で聞いて来た。
「すまぬ……。我は三年の蛇神尊。主が泣いてるのをずっと見ていた……。よければ、主が泣く理由を教えてくれぬだろうか……?」
しばらく目を見開いて、我をじっと見つめていた少女が口を開いた。
「……何だか…、恥ずかしいな……。誰にも見つかってないと思ってたのに……。」
そう言いながら、少女はうつむく。
「…………?」
「私…、いじめられてるんですよ……。」
ポツリ、とただ一言、そう言った。
「入学したての時、クラスの人とちょっとした事で問題起こしちゃって……。それからずっと、続いてるんです。」
そう言って上げた顔は、もう泣いてはいなかった。
ーーーーーむしろ、笑っていたーーーーー……。



「主は…、一年か……?」
「あっ、ハイ。一年のと言います。すみません、名乗るの遅れましたね。」
そう言いながら、”座りませんか?”と隣を指差す。
その言葉に甘えて、隣に腰を下ろした。
「でも、皆の前で泣いたら、負けたみたいな気がして……。変な所で負けず嫌いなんですよ…、私……。だから、こうしていつも放課後に、一日分の悲しい思いを流して、”明日もガンバロウ!”って気持ち切りかえてるんです。」
少し悲しみを漂わせながら微笑んでいる少女ーーー……
「両親には話したのか……?」
「いえ……。入学したばかりなのに、心配かけさせたくないから……。だから…、まだ言ってません……。っあ!あの…っ、”いじめ”って言っても、それ程ひどいものじゃないんですよっ!!……その……。」
パッと顔を上げた瞬間、我と目が合い、言葉を詰まらす。
「無理をしなくても良い……。主の悲しみは、まだ癒えていない。一度傷付いた心はそう早く癒えるものではない……。我の前だからといって、無理に笑う必要は無い……。泣いても良いのだ……。」
そう言って、優しく肩に手を置く。
「……〜〜〜っ!!ふっ…、蛇神先輩……っ!!」
我の言葉を聞いて少し気が緩んだのか、再び少女の瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちた。








「おや、蛇神君。遅かったね、どこへ行っていたんだい?」
休憩時間をかなり過ぎて戻って来たので、牛尾が声をかけてきた。
「……あの、少女の所へ行っていた……。」
「……そうだったんだ……。で、遅かったけど…、何か話とかはしてきたのかい?」
納得した顔で牛尾が聞いてくる。
「泣いていた理由を…聞いた也……。」
「そうか…、教えてくれたかい……?」
その問いに、無言でコクリと頷く。
人の事情を勝手に話すのは抵抗があったが、牛尾なら大丈夫だ、と思い、口を開いた。
「……いじめ…らしい……。」
その言葉に、牛尾の顔が、少し悲しげな色に変わる。
「そうか……。辛いだろうね……。十二支高校の生徒として、校内にいじめが存在することを悲しく思うよ……。」
そして、”いじめは許せない”と付け足した。
「その子にとって、蛇神君が少しでも救いになると良いね。」
何気なく、牛尾はそう言った。





ーーーーー救いーーーーー





我でも…、彼女の”救い”になることは出来るのだろうか……。



我は、話を聞くことしか出来ぬ……。
彼女の悲しみを解決してやることは出来ぬ……。



『話を聞いてもらうだけでも、楽になるってこともあるんだよ……。』



人はそれだけでも、”救い”を感じるものなのか……?








我が彼女の力のなれるかなどは分かりはしない。
ましてや、”救い”になるかどうかなども、分かりはせぬ。


しかし…、しかし、我があの少女に会いたいと思っているのは事実で。
この気持ちだけは変えられないもので。
”救い”になるかなどは関係ない。
ただ、彼女の顔が見たいだけで……。
ただ、彼女の声を聞いていたいだけで……。



ただ、彼女の側にいたいだけで……。








今日も…、今日もあの少女がいたら、言おう……。
今の…、我の気持ちを……。
そう決意をして、放課後を待った。
いつも通り部活が始まり、いつも通り休憩時間になった。



あの少女はーーーーー…、いた……。
今日もまた、あの桜の木の根元に座っている。


ソッ…、と少女の下へ向かう。
物音に気付いた少女はハッ、と顔を上げた。
「蛇神先輩……っ!!」
頬に涙の跡がある。
今日も泣いていたようだ。
「…………。」
我は少女の前にかがんだ。
「我では…、我では主の”救い”にはなれぬか……?」
少女は一瞬キョトン、とした表情をした。
「我は…、主の話を聞くことしか出来ぬ……。主の悲しみを全て取り去ることは出来ぬ……。それでも…、主の側にいて良いだろうか……?」
「先輩……。」
少し驚いた顔をして少女が言う。
「先輩は…、もう十分私の”救い”になってますよ……?昨日、話しを聞いてもらえて、心がすごく軽くなったんです……。やっぱり、全部を自分の中に溜め込むのは無理だったんですね。だから、昨日聞いてもらえてうれしかったです。」
ニッコリと、心の底から微笑んでは言った。
「それに…、今日泣いてたのは…、また先輩に会いたいなって思ってて…、来てくれないかなって思ってて…、でも、もし、もう会えなかったら、来てくれなかったらどうしようって思ったら、悲しくて…自然と涙が出たんです……。」
「それは……。」
少し恥ずかしそうなが再び口を開いた。
「蛇神先輩…、これからも、話聞いてくれませんか……?これからは、悩みだけじゃなく色々な話を……。」
そんなの問いに、蛇神は優しく微笑んで答えた。
「主が望むのなら、喜んで……。」








校舎裏にある一本の桜の木の下は、これからは二人だけの楽園になるでしょう……。

悩みも悲しみも無い、静かな優しさに満ちた楽園に……。















〜〜〜後書き〜〜〜

ハム猫・「切腹します。」

蛇神・「ほぅ……。良い心掛けだな。すぐにするが良い。」

ハム猫・「ウソだもん!しないもんっ!!こんなので死んでたら、おいら何回死ななきゃなんないのさ!!……ってコトですいません……。何か、暗いし、訳分かんないし、蛇神先輩偽者だし……。」

蛇神・「主はもう滅びたほうが良いな……。」

ハム猫・「うわ!ひど……っ!!誰が滅ぶもんかっ!!まだいっぱい書きたいネタあるもん!いや…、しかし、本当に別パターンの蛇神夢書きたいっす。何か”願い事”といい、牛尾先輩出すぎだね。しかも流れ似てるしーーー。」

蛇神・「主は応用がきかぬ人種よな。」

ハム猫・「そーなんですよねーーー。いつか本当に蛇神先輩でほのぼのラブラブ甘々とか書いてみたいもんだわ。」

蛇神・「……滅っ……っ!!」

ハム猫・「え……っ!?怒ってんすかっ!?照れてんすか……っ!?どっちなんです……っ!?」

蛇神・「……このような作品だが、管理人の技術向上のため、感想・苦情、何なりと受け付ける也。(照)良ければ協力願う……。」



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