犬っコロなんて…、片腕一本で十分だと思ってた……。 ーーー魂ーーー
「ヴォーカル、まだかなぁ……。」
私は、北の都の城の一室で、窓の外の風景を見ながら呟いた。 窓から見える景色は、どんよりと曇った空と、何処までも続く荒地……。 私は、ヴォーカルと出会ってから北の都に連れて来られ、この城で暮らしている。 いつもヴォーカルと一緒にいたいのに、ヴォーカルはすぐに何処かへ行ってしまう。 一緒に行きたいと言っても、危険だから、と言う理由で私を一緒に連れて行ってはくれない。 どこに行くのかも、何をしに行くのかも、詳しく教えてくれた事は無かったし。 だから、いつも早く帰ってこないか、と首を長くしているのである。 「暇だから、ちょっと歩こうかな……。」 そう言って、私はその部屋を出た。 カツン…、カツン…、カツン……。
城の中は静かで、私が歩く足音さえも響いて聞こえる。
このお城の広さは尋常じゃなく、いつも迷子になってはヴォーカルに怒られていたけれど、今では少しは慣れて来た。 何となく、行きたい場所に着けるようになったし、自分の部屋にも戻る事が出来るようになった。 何気なく歩いていると、ギータさんの魔剣コレクションを飾っている部屋の前に来ていた。 「…………?」 いつもなら、厳重に閉じられているはずのその部屋の扉が、今日は少しだけ開いていた。 ギータさんが手入れでもしてるのかな……。 そう思い、扉の隙間から少し中を覗いた。 「おや、さんですか……。どうしたんです?」
特に足音も立ててなかったのに、気付かれた。
「あっ、ごめんなさい!邪魔をするつもりは無かったんですが、扉が開いてたので……っ。」 そう言って、ギータさんを見ると、どうやら手入れではなかったようだ。 背中に、何本もの剣を差している。 「どこかに…、行くんですか……?」 その、背中に重々しく差された剣が気になり、声をかける。 「あぁ…、ちょっとね。ところでさん、ヴォーカルさんがいなくて、寂しいんですか……?」 不思議そうな顔をする私に、今度はギータさんが尋ねて来た。 「えっと…、ぅん、まぁ、ちょっと寂しいかな……。でも、もうすぐ帰ってくると思うし……。」 その問いに、私は頬をポリポリと掻きながら答えた。 「そうですか…、お可哀想に……。まぁ、外には出れませんが、城内を歩くのも暇潰しになるでしょう。私はこれから少し外出しますのでお相手は出来ませんが…、何かしてヴォーカルさんの帰りを待ってると良いでしょう。」 ギータさんは、そう言うとニコリ、と笑って部屋を出て行った。 「ぁ、ハイ……。じゃあ、いってらっしゃい、ギータさん。」 私はそんなギータさんの背中に声をかけた。
「……まったく…、今日で永遠の別れだと言うのに…、素直なもんですネェ……。」
ギータは、を背に去りながらそう呟き、くつくつと笑った。
「…………?」
ギータを見送ったは、何か聞こえた気がして振り返った。 そこには、ギータが去って行く姿しかなかった。 「気のせい…かな……。」 ギータの背に差された剣が、鈍く光ったのが見えたーーーーー……。
「来たかい。野良犬の大将よ……。」
D・S(ダル・セーニョ)での戦いで魔力を使い果たし、寿命が来たヴォーカルは、砕け始めた自分の右腕を切り落とす事で難を逃れていた。 「背中に山ほど剣ぶっ差して…、戦にでも出るみてェだが……。犬っコロ一匹ってトコを見ると…何か…、歓迎されてるようには…見えねえけどな……。」 息も荒く言葉を紡ぐヴォーカルの目には、背中に何本もの剣を差したギータが映っていた。 その目は、ヴォーカルを見下している。 息も出来ないほどに緊迫した空気が流れている。
「いやー、お強い。素晴らしい!さすがでございましたよ、ヴォーカルさん……。」
そんな空気の中で、ギータは急に手を叩き始めた。 「いやー、お疲れ様でしたねーーー。」 ギータを睨みつけているヴォーカルの前で、そんなヴォーカルを嘲笑うかのように言葉を続けて行く。 ヴォーカルを褒める言葉を続ける中、急にチロリ、とヴォーカルを見た。 「しかし惜しかったですねーーー、まさかあそこで…『アレ』が来るとはねぇ……。」 今まで言葉を続けていたギータを見ていたヴォーカルの目に、怒りが宿った。 そんなヴォーカルを気にせず、何度も『アレ』と言う言葉を口にするギータ。 「でもこれで分かったでしょう?大魔王ケストラー様がいないまま…全力で戦うと言う事の恐ろしさが……。」 ギータの言葉の一つ一つが、ヴォーカルの怒りを増幅させる。 ギータもそれを分かっていて、痛みに伏しているヴォーカルに向かって言葉を続ける。 「あなたは素晴らしい『道具』でしたよ……。思い通りに動いてくれてねぇ……。だが…、もうあなたには何の”利用価値”も無い……。もう壊れちゃいましたからねェ……。」 そう言って、ギータは棺桶を取り出し、ヴォーカルに見せる。 「今のあなたに…ふさわしい……。」 そう言ってギータは、怒りに震えるヴォーカルを面白そうに見ながら、背中の数々の剣を抜き、地面に刺していく。 「あぁ、それと、ヴォーカルさん。」 ふと、ギータは思い出したように言い出した。 「さんは全くもって素直ですねーーー。」
爆発しそうな怒りに震え、今にもギータに襲い掛かりそうだったヴォーカルが、ビクッ、と体を強張らせた。
「今もあなたの帰りを首を長くして待ってることでしょうが…、私がこれからあなたを殺しに行く事など知らずに、可愛らしく見送って下さいましたよ。」 両手に剣を持ち、ハハ、と笑いながら、さも楽しそうに言う。 「あなたが死んだら、さんはどうなるんでしょうねぇ……?いつまでも、あなたを待ち続けるんでしょうかねェ……?」 ヴォーカルの反応を楽しむように、ニヤリ…と笑い、ギータは言った。 ヴォーカルは、今までとは別の怒りに体を震わせ、歯を食いしばっていた。 「……っテメー…ッ、アイツに何かしたら…、ただじゃおかねぇーぞ……ッ!!」 喉の底から振り絞るような声で言う。 「これから死ぬ人に言われてもねェ……?私はその剣と…あなたの命が欲しいんですよ……。」 「やれるもんなら…やってみやがれーーーッ!!」 ギッ、とギータを睨み、ヴォーカルは地を蹴った。 ピシャアァァァーーーッ!!
「いやあぁぁぁーーーっ!!」
急に曇りだした空から、稲妻が大地に突き刺さった。 は、自室でその音に耳を塞いだ。 「……ぅあう…、雷怖いよぅ……。」 窓の外をそっ…、と覗き見る。 ギータを見送ってから、一時間ほど。 急に天気が悪くなって、雷雨になって来た。 「何だろう…、この胸騒ぎ……。」
ずっとずっと向こうまで続く雨雲。
この雨雲は、ヴォーカルの上にも雨を降らせているのだろうか……。 「ヴォーカル……。」 今まで、こんなに胸騒ぎがした事は無かった。 ヴォーカルは絶対に帰って来る、という確信があったから。 しかし…、今ではそれは『不安』になっていた……。 「どうしよう…、怖いよ…、ヴォーカル……。」 雨以外の音は何も聞こえない。 外は灰色の世界。 動く物も、何も無い。 「灰色…、何かの色に似てる……。」 そう、どこかでこれに似た色を見た気がーーーーー……。 「…………っ!!」 その答えが分かった瞬間、は部屋を走り出た。 雨が外の色を奪い去った色…、鈍く深く続く色……。 そう、これは、最後に見たギータさんの剣の光の色ーーーーー……っ!! その答えが当てはまった瞬間、の心が警告を告げた。 『ヴォーカルが危ない』と……。
「ヴォーカル…、ヴォーカル…っ、ヴォーカル……っ!!」
は森の中を突き進んでいた。 ヴォーカルが何処にいるかなんて分からない。 しかし…、森に入る前、見えたのだ。 稲妻では無い光が、森の中から放たれるのをーーーーー……。 それは、初めてヴォーカルに会った時…、スコア王国が壊滅された時に見たものと同じだった。 きっとヴォーカルはあそこにいる…、そう思い、はずぶ濡れになりながら走った。 生い茂った木々の根や叢が足を取る。 何度も転んで、起き上がった。 足を切り、腕を擦り、赤い血が流れるのも気にせずに、只走った。 涙と雨が混じり、顔はぐしょぐしょだった。
「…………っ!?」
一体どれくらいの時間を走ったのだろうか……。 ただ、頭の中はヴォーカルの事だけで……。 冷たい雨と、幾つもの怪我で、体の感覚は無くなっていた。 「……っふ…ッぁ…、ぃや……ッ!!」
目の前に広がる光景を信じたくなかった。
現実の事だと、受け入れたくなかった。
ふらつく足で、一歩一歩前に出る。
枯れた木々が囲む中、そこには一つの棺桶があった。 そこに入っている人物はーーーーー……。 「ヴォーカルーーーッ!!」
は棺桶の縁に手を突いた。
見るも無残な姿ーーーまさしくその言葉が相応しい。 右腕は無く、首から背中にかけてギータの剣が何本も刺さっていた。 「……っぁ…、な…んで……っ!!」
涙がポロポロと頬を伝う。
「何で…何で……っ!!」 ただ、同じ言葉を繰り返す事しか出来ず、涙で視界がぼやける。 「ねぇ…、ヴォーカル……?起きてよ…、ねぇ……。」 雨に濡れたヴォーカルの肩に手を置き、軽く揺する。 当然の如く、その言葉に返事は無い。 は、両手でヴォーカルの体を揺すった。 「ねぇ…っ、ねぇ……っ!!」
声を大きくしながらヴォーカルの体を揺すっていると、刺さっていたギータの剣で手を切った。
それに気付き、自分の手を見つめる。 「…………。」 赤い血が手から腕へと伝っている。 「……こんな…、こんな剣があるから……っ!!」 はそう叫ぶと、刺さっている剣に手をかけた。 「……っふ……っ!!」 そして、力一杯抜いた。 剣を伝わって、肉の感触がする。 その感覚に手を震わせながらも、次々と剣を抜いていった。 「……ねぇ…、私の血、あげるから……っ。私の命あげるから…っ、だから…、ねぇ、ヴォーカルッ、目を覚ましてよ……っ!!」
全ての剣を抜き終わって、冷たくなったヴォーカルを抱き締めても、その答えは返って来なかったーーーーー……。
オレは…、アイツを残して死ぬなんて…出来ねぇ……。 オレがいなくなったら…、アイツは……っ。 アイツは……っ。 …………ッ!! 「…………っ!!」 一体、どれだけの時が経ったのだろう。 真っ白な意識の中で、オレは目を覚ました。 「オレは…、死んだんじゃ……。」 朦朧とする意識の中で、自分の体を見る。 見ると、縮んでいた。 子供のように。 確か…、最後に見たのは、勝ち誇ったようなギータの顔……。 雨が頬を打ち、だんだんと体が冷たくなっていた。 視界が暗くなり、意識が薄れていくのを感じていた。 しかし、自分が今いるのは、例の棺桶の中。 何か、おかしさを感じる。 ゆっくりと、周りを見回す。 そして、見つけた……。 棺桶の側で横たわっているをーーーーー……。 「…………ッ!!」
急いで棺桶から出て側に行く。
しかし…、抱き上げたはすでに冷たくなっていた……。 そう、今までの自分のように……。 「……っぁ…、何で…何でなんだよ……っ!!」
の腕や足には幾つもの傷があり、その服は雨を吸って冷たく、重くなっていた。
「何で…っ、お前が死んでるんだよ……っ!!」 物言わぬを、強く抱しめる。 「何で…っ、何でお前まで……っ!!」 この世に生まれて、初めて涙を流した。 押さえようの無いほどに、どんどん流れてきた。 の顔に、涙が落ちる。 その涙は、の頬を伝い、まるでが泣いてるようだった。
「なぁ…、いつもの、お前の笑顔…っ、見せてくれよぉ……っ!!いつもみたいに…っ、いつもみたいに笑ってくれよォ……っ!!」
の頬に手をやり、訴える。 ヴォーカルの腕の中にいるは、只眠っているかのようだった。 「……ちくしょう…っ、ちくしょーーーっ!!」 曇り空の中、ヴォーカルの叫びが、森中に響き渡ったーーーーー……。 「可哀イそうニネ…ヴォーカル…さン……。」 サイザーに与えた魂の半分を飲み込んでも…、寿命を逃れる事は出来なかった……。 体にどんどんひびが入って…、やっぱり、オレは死んじまうのか……。 「体も…砕けテしまっテ……。小さな子供にナっテ…しまっテ。」 死にたくない…、死にたくない……。 ……死にたく…、なかった……。 もっと好き勝手暴れて…、もっと人間を嬲り殺して……。 もっと…、もっと……。 「ヴォーカル…サン……。あなたは本当に…哀シイ方…ですネ……。」 もっと……。 「ケストラー様ニ…捕まり…、500年間幽閉されテ…、鎖を付けられ……。」 もっと……。 「……その上に、たった一人愛シたさんは、自分のせいで死なせテしまい……。」 もっと…、アイツと……。 「本当に…、さんは可哀想ですネーーー。私も本当は狙ってたンですがネェ……。あなたなんかを選ンでしまったせいデ……。」 もっと…、アイツと一緒にいたかった……っ。 ビキィイッ!! その瞬間、体の砕け方が強くなる。 「ちきしょうっ!!」
ひびの入った拳で地面を殴る。
その衝撃で、地面が割れ、埋められていた死体が現れた。 オル・ゴールの竪琴に操られた死体達が、オレを地面へと引きずり込む。 抵抗する力も無く、オレはただ喚き散らした。 オレの怒り、苦しみ、後悔、悲しみ、嘆き……。 そして…、オレは砕け散った……。 ……ヴォーカル……? そこにいるのは…、ヴォーカルなの……? やっと見つけた…っ、ずっと探してたの…っ、ずっとずっと……。 これで、私達はずっと一緒だね……。 もう誰にも邪魔されない……。 いつまでも…、いつまでも一緒にいようよ……。 もう、離れたりしない……。 ずっと一つで…、ずっと…一緒に……。 〜〜〜後書き〜〜〜 ハム猫・「はーーーい!別人っ!!(死)」 ヴォーカル・「これは…、言い様の無いほどに原作無視してネェか……?」 ハム猫・「いや…、だってねぇ……。こうでもしないと……。只単に、出会い編を書いたなら、別れ編も書かねばな、と。しかし、意外と長くなっちゃった……。」 オル・ゴール・「色々とツッコミ所も満載ですしネーーー。」 ハム猫・「ぅわっふぁ!まぁ、それは後で自分で突っ込んどくので。突っ込まれる前に言やぁ、こっちの勝ちよ。」 オル・ゴール・「何なんですか、それは……。」 ハム猫・「しかし、何が苦労したかって、やっぱり原作に沿いながらどうオリジナルを入れるか、ですよね。ギータさんの長台詞をどうやって削るか、とか。ヴォーカルさん別人になってきちゃってまぁ大変。」 ヴォーカル・「オレ様はこんな台詞吐かねぇーぞ。」 ハム猫・「いいんです。ドリームだから。(待て。)個人的に、ヴォーカルさんは惚れた女にはベタ甘希望なので。」 ヴォーカル・「…………っ!!(鳥肌。)」 ハム猫・「さてと、ツッコミタイムと行きますか。まずは、今回でやっと名前が出てきたヒロインさん。ヴォーカルさんの元まで、走り続けてたどり着ける距離じゃないだろう。大陸違いますよね……。(泣)本当はベースさんに頼んで魔法(?)で移動、って言うのも考えたんですが、ギータさんがオフレコと言ってたので無理かな、と。ヒロインさん自身が、テキトーにお城で見た魔法書で瞬間移動みたいなのをするってのも無理そうですし。そこら辺はもう無視って事で。あと、ヒロインさんが死んじゃったのは、雨の中ずぶ濡れになりながらもずっとあそこにいて、熱出して悪化して、そのまま…みたいな感じです。」 オル・ゴール・「何だか自分で言ってて哀シクなるほどに、適当に考えてるのがバレますネーーー。」 ハム猫・「言うな……。本当、無茶苦茶だから……。ちなみに、最後のヒロイン語りは、魂の状態での言葉です。魂だけになっちゃったから、もう誰にも邪魔されず、ずっと一緒にいれるね、と。ある意味ハッピーエンドですかね。ただ、問題なのがあれって聖杯の中に魂も入っちゃうもんなんですか……?」 ヴォーカル・「あぁーーー、うぜぇ。ったく、もっとマシなの書けよなぁーーー。オメーもそう思うよな?」 オル・ゴール・「それでは、こんな作品を読ンでいただき、誠に有り難うございマス。ご感想など、頂けると嬉しいデス♪」 |