今日も今日とてお留守番なは、またもヴォーカルに怒られる事を忘れて書庫で読み物に耽っていた。

「〜〜〜♪……ん?……んんん……っ!?」
鼻歌なんかを歌いながら本を読んでいたは、急に本を食い入るように見詰めた。
「ををっ、これは一大事です!明日じゃないですかっ!?」
この北の都に来てから、はギータやオル・ゴールに時々文字の読み書きを習っていたので、以前よりは少しは読める本も増えてきていたのだ。
今日読んでいるのはこの世界全体の色々な行事や文化についてまとめられた本である。
異国の変わった文化や、勿論この国の文化も載っている。
だが、今まで殆ど外の世界に触れずに育ってきたは常識的な行事さえも知らなかった。


そう、バレンタインという行事さえもーーーーー……。










ーーー特別ーーー










「絶対に入ってきちゃ駄目だからねっ!!」
あれから、はヴォーカルが翌日帰ってくるなり、街へ連れて行って欲しいと頼んだ。
勿論、何をしに行くのかと聞かれたが、は「買う物がある」と言うだけでそれ以上の事は一切口にはしなかった。
そんなも珍しいので、少しいぶかしみながらも、ヴォーカルはを街まで連れて行った。
因みに、お金の方はすでにベースにお願いしてお小遣いを貰っていたそうだ。
……あのベースにどうやってお願いをしたのかは分からないが……。





で、買い物も済ませ帰って来たら、そう一言を残してこの城の古びた台所へと入っていった。
「一体どうしたんだ、の奴……?」
ヴォーカルは、こんな事は初めてだ、と呟いた。
いつもなら、勝手に入って行ってちょっかいをかける所だが、先程のの瞳が真剣そのものだったので、入ったら何を言われるか分からない。
……本気で嫌われる可能性だってある。
……今まで嫌われなかった事自体が奇跡のようなものだが……。
しかし、そう言われても気になってしまうもので、ヴォーカルは台所の入り口付近の壁にもたれかかってが出てくるのを待つ事にした。


「……そう言えば…、アイツ料理なんて出来たのか……?」
考えてみれば、をこちらに連れて来るまでは奴隷同然の扱いを受けていたはずだ。
料理をさせて貰えたとは思えない。
そう思っていると……。



ガシャーーーン……ッ!!



金物が落ちるような、そんな音が静かな城内に響いた。
それと共に、小さなの悲鳴。
「……っおい、大丈夫か……っ!?」
その物音に台所に踏み込もうとすると……。
「……だ、駄目!入っちゃダメ!私は大丈夫だから……っ!!」
が大声で叫んだ。
「んな事言ってもよ……っ。」
ヴォーカル自身、「料理」なんて物は想像もつかないが、が怪我なんかしたのでは大変である。
「入ってきたら、もうヴォーカルと口利かないからね……っ!!」
「ぐ……っ!?」
も相当必死のようで、最終手段を取って来た。
の一言がヴォーカルの胸にグサリと刺さる。
「…………っ。」
暫く台所前で進退を繰り返したが、ヴォーカルはついに大きな溜息を吐いてドッカと床に座り込んだ。





それからも、台所からの凄まじい物音との悲鳴は耐えなかった。
正直、すぐそこでが何かしら大変な目に会って悲鳴を上げているのに、助けに行けないのは辛すぎるものがあった。
しかし…、それ以上にに口を利いてもらえなくなるのはヴォーカルにとってとても辛いものだった。
それに、ある意味物音が続いていると言う事はは無事な訳で…、物音がしなくなったら、その時こそは入り込もう、と心に決めていたのであった。
「……ったく…、カッコ悪ィ……。」
床に座り込みながら、ヴォーカルは呟いた。










が台所に入ってから約1時間半後ーーーーー……。
今では台所前にはオル・ゴールも加えて2人でを待っていた。
ヴォーカルは不機嫌そうな顔で座り込み、オル・ゴールは祈るように手を組んでハラハラと台所前を行ったり来たりしていた。
暫く物音が止んで……。

「……ぉ、お待たせ……。」

そう言いながら、は4つの包みを手に現れた。
「「…………っ!!」」
咄嗟に、に駆け寄るヴォーカルとオル・ゴール。
「一体何やってたんだよっ!?」
「そうですよ、僕に相談してくれれば何か手伝えたかもしれないのに……っ!?」
一気にに詰め寄る2人。
「ぅえっ!?ご、ゴメンね2人共…っ、でもこれは私が1人で作らなきゃ意味が無かったから……。」
そう言って、は手元を大事そうに見た。
どう見てもそれほど綺麗とは言えないラッピングだったが、それよりも……。
「お前…、手ボロボロじゃねぇか……っ!!」
ヴォーカルがの手を取る。
そこには、数々の切り傷や火傷の跡があった。
「……ぁ、アハハ…、私ってば考えたら料理なんてした事が無かったから……。」
ヴォーカルの怒りに、苦笑しつつ言い訳をする
「んな言い訳はどうでも良い!すぐに手当てするんだっ!!」
そう言ってヴォーカルはの腕を引っ張る。
「あっ、でも待って!まずはこれ渡さなきゃ!ギータさんとベースさんはいつもの所だよね?一緒に来て!」
強く引っ張るヴォーカルを反対に引っ張り、は走り出した。
「ほら、急いで!」
急な事に吃驚するヴォーカルとオル・ゴールは、それでもに付いて行った。










今、城の中央の間では不思議な光景が広がっていた。
水晶を前に、ベース、ヴォーカル、オル・ゴール、ギータ、と並べられている。
そう並ぶよう言ったのはもちろんだ。
は4人の前でニコニコと笑っている。
「……で、オレ達を並ばせて何しようってんだ?」
誰もが聞きたかった疑問を、ヴォーカルが聞く。
「えっへへ〜〜〜♪あのね……っ。」
そう言って、は楽しそうに包みを差し出した。
「ハイ、ベースさんに、ヴォーカルに、オル・ゴールさん!」
そして、一人一人に包みを渡して行く。
渡された側は、その包みを手に不思議そうにそれを見詰めているばかりである。
暫く沈黙が流れた後……。
「……あの…、これは何でしょうか……?」
オル・ゴールが控えめに尋ねた。
「それはですねぇ〜、「ばれんたいんちょこれいと」と言う物ですよ!」
その問いに、は至極嬉しそうに答えた。
「「ばれんたいん……?」」
ヴォーカルとオル・ゴールが同時に聞く。
「あのね、私昨日書庫で本読んでる時に知ったんだけどね、今日は「ばれんたいんでい」って言う日でね、その日には好きな人に「ちょこれいと」を上げるんだって!」
手を合わせて、ニッコリとは言った。
「好きな人……?」
その言葉にヴォーカルが反応する。
「うん!私ヴォーカルもオル・ゴールさんもベースさんもギータさんも大好きだもん!」
ニコニコと嬉しそうに言うに、少し頬を染めるヴォーカルとオル・ゴール。
の「好き」が平等な物だとは思いもしないのか、幸せな世界に浸っているようである。
「……あの……。」
そんな中、控えめに響いた声。
「はい?」
その声の方に振り向くと、そこにはギータの姿。
「言い難いのですが…、私は…まだもらっていないのですが……。」
少し汗なんかを流しながらギータは言った。
「ケッ、犬っころなんかに渡すチョコレートは無いってよ!」
ギータの言葉に嬉しそうに突っかかるヴォーカル。
「あぁ、それはですね……っ。」
そんなヴォーカルを無視して、はギータに近付いた。
「私…以前何かの本で「犬さんにちょこれいとをあげるのは駄目だ」と見たのですよ。だからギータさんにはあげられないと思って……。」
に「犬」と言われた事に少しショックを抱きつつも、ギータは少し項垂れる。
「だから…、ハイ♪」
しかし、俯いた先に見えたのは、他の包みとは少し色の違う包みだった。
「……これは……?」
ギータはその包みとを交互に見た。
「ちょこれいとが駄目なら他の物にすれば良いかな、と思ったので…ギータさんはくっきーにしてみました!」
ふわりと微笑んで、は言った。
「……クッキー……。」
そう言いながらも、その包みを受け取る。
「でも…、その、くっきー作るのなんて初めてで…、あまり上手くいったとは言えないんですけど……っ。」
少し恥ずかしそうに、俯きながらは言う。
それでも……。
「いえ、有り難く頂かせてもらいますよ……。」
ギータはニッコリと笑ってにお礼を言った。
「ぇ、えへへ……っ。」
そんなギータに、照れる
「じゃあ、良かったら食べてみて下さいね!……お腹壊したらごめんなさいですけど……。」
はそう言うと、扉に向かって走り出した。
……最後に少し恐ろしい言葉が混じっていたが。
楽しそうに駆けて行くを見詰める4人。
「……で、誰が本命だ……?」
が出て行った頃に、ポツリとヴォーカルが漏らす。
「え?」
その一言に、オル・ゴールが怪訝そうな顔をする。
「だぁかぁらぁっ、どいつが一番なんだってんだよっ!?……もちろんオレに決まってるけどよ、中身の大きさで決めようぜ!」
何とも子供らしいと言うか何と言うか…、ヴォーカルの提案から、その場で4人は包みを開ける事となった。
「「「「…………。」」」」
開けた結果…、チョコレートは形の歪さは目立つものの、大きさ自体はほぼ変わらなかった。
「平等な…ようだな……。」
先程の自信満々なヴォーカルの言葉を思い出し、冷ややかな冷笑を浮かべるベース。
「っな、何だと……っ!?オイ、犬っころ、お前のはどうなんだよ……っ!?」
ベースの言葉に、少し顔を赤くさせながらもギータの方に話を変える。
「…………っ!?」
何も言わないギータの手元を覗き込むと……。
そこには……。
「……骨……?」
どう見ても骨型なクッキーが包まれていた。
「……っぷ。」
その小さな吹き出しとともに、爆笑し始めるヴォーカル。
その隣では、ギータがキレ出さないかとオル・ゴールがハラハラしている。

それでも、ギータはヴォーカルの方には目もやらず、ただただクッキーを見詰めるばかりだった。

どう見ても歪な形。

所々、焦げたあとの見えるクッキー……。



それでも……。





(あなたが特別に焼いてくれた…、そう、自惚れてしまっても良いんですかねぇ……?)



心の中でそう思い、ギータは少し喉を鳴らした。
















〜〜〜後書き〜〜〜

ハム猫・「書いちゃった、魔族でバレンタイン☆」

ヴォーカル・「……何でオチが犬っころのヤローなんだよ……。」

ハム猫・「いやぁ、そんなに林檎を握り潰すような怪力で頭掴まないで下さいよぅ!……正直言って潰れます。」

ヴォーカル・「潰れとけ。」

ハム猫・「いや、だってさー、何となくそう言う方向に……。私の中ではさんはまだ気持ちハッキリしてないですから。だって、相手ヴォーカル一人にしぼったら、オル・ゴールさんとの争奪戦が出来ないじゃないか☆」

ヴォーカル・「そんなんがやりたいのか……。」

ハム猫・「もち☆オル・ゴールさんには命張ってもらいます!」

オル・ゴール・「待って下さい……っ!!」

ハム猫・「ぉや、噂をすれば何とやら。」

オル・ゴール・「何で命張らなきゃいけないんですカっ!?」

ハム猫・「だってねぇ。ヴォーカルさん相手だし……。」

ヴォーカル・「まぁ…、ただでは済まねぇわな……。」

オル・ゴール・「ヒィ……ッ!!」

ハム猫・「まぁ…、今回はさん本人的には特別な感情があった訳では無いでしょうけども。ただ、犬はチョコ駄目って言うネタが使いたかっただけです。」

ギータ・「ほぅ…、そうなんですか。」

ハム猫・「ハッ、禁句だった……!何か笑顔が怖いよ、ギータさんっ!!」

ギータ・「あぁ、すみませんねぇさん。私はちょっとこの作者を始末しなければならないので、この後書きはここまでと言う事で……。」

ハム猫・「(ギャーーー!助けて……っ!!)」



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